第40話 俺は魔導具のせいで我を忘れる
久しぶりにワクワクして眠れなかった。
姉さんの魔力検査以来だな。普段は寝つきが良い方だけど、たまに興奮して眠れなくなる。
魔導具を使用して、だけど、自分で魔法を使えることに興奮しているんだ。
日の出と共に寝間着を着替えて部屋を出る。
姉さんはまだ起きていない。家中の者が数人働き出している時間だ。いつもこんな時間から働いてくれてありがとう。
姉さんが起きたら庭に来るよう伝言をお願いして、俺は庭に出る。もちろん昨日魔導具だと教えてもらった剣を持って。
うう、寒い。
季節は冬に近づき、朝方はもう寒くなっている。普段まだ寝ている時間だから着る服を間違えた。誰か教えてくれても良かったのに。
大丈夫大丈夫。前世で体験した真冬の剣道場の方が寒かった。板張りの剣道場ってめちゃくちゃ底冷えするんだよな。そんな場所で裸足とか、今考えると良くやってたよ。
よし、じっとしてても寒いだけだから体を動かそう。魔導具から火を出せば暖まれるはず。
といっても昨日姉さんからどうやって魔法を放つのか聞きそびれたんだよな。
一晩考えたけどどうやるのかまったくわからなかった。とりあえず剣を振ってみようか。
鞘から剣を抜き放つ。やや湾曲している片刃の短剣だ。右手に持って構える。
剣道の竹刀は両手で構えるから片手だと落ち着かない。左手をプラプラさせてしまう。両手で持つには握りの部分が短いんだよな。
とりあえず土壁を狙って、右の半身で構える。マリーが作って、姉さんがたまに魔法の練習に使っている土壁。剣を振っても当らない距離だが、魔法が発動したら土壁に直撃するだろう。
右手を振り上げ、右上から左下へ袈裟斬りにする。斬る時に息を吐いて力を込める。何も起こらない。
振り下ろした体勢から逆袈裟に切り上げる。終わったら元の構えに。
もう一回振り下ろして、斬り上げる。
今度は袈裟斬りから勢いを殺さず剣を跳ね上げ、左上から右下に斬り下す。もう一度。うん、何も変わらない。
次は単純に上から下に剣を落とす。左から右に胴薙ぎ。右から左に逆胴。逆胴の勢いで剣を引く。
引いた動きで重心は左足に。右脇を締めて剣をやや水平に構える。重心を動かし、一歩前に出つつ突きを放つ。
突きは小中の剣道だと禁じ手だからまともに練習したことないけど、イメージ通り動けた気がする。
一歩下がり、剣を振り下ろす所からもう一回。
終わったら最初の袈裟斬りからまた一巡。
ふむ。魔法が出ないけど、寒さを忘れて汗が出て来た。
簡単に出せるって言ってたと思うんだけど、剣を振る動作じゃないのかな。
パチパチパチ。急に拍手が耳に届いた。
拍手が聞こえた方を振り向くと、そこにはジークさんが立っていた。
「綺麗な剣筋だ、特に体重の乗った突きが素晴らしい。あんなに嫌がっていたのにいつの間に練習したんだ?」
え、ちょっとまって何時から見てたんだ。これは剣の練習じゃないよ。
「その剣は2歳の誕生祭で貰った剣だな。ゲオルグ様の歳でその剣を思いっきり振っていると右肘を痛めるかもしれない。5月の誕生日に渡した剣の方が軽いし両手で持てるから、そっちで練習した方がいいぞ」
いい笑顔過ぎて、剣の練習じゃないと言いづらい。でも早く否定しないと土壺に嵌りそうだ。
「さあゲオルグ様、剣を取り換えて来てください。一緒に朝稽古をしましょう」
急に丁寧に言われても困る。え、剣を取りに行かなきゃだめ?
ていうかいつもここで朝稽古してるの?
「ゲオルグおはよー。今日は早いね。あ、ジークもおはよ。ジークはいつも早いね」
やっぱりいつもなのか。
でもこれは天の助け。真実を話すタイミングはここしかない。ちょっと俺の話を聞いてくれ。
「そうか。俺の早とちりだったのか。一人で燥いで申し訳ない」
いえ、こちらこそすみません。
「いいなぁ。私もゲオルグの剣舞を見たい」
別に剣舞じゃないんだけど。それよりも姉さん、魔法の出し方教えてよ。
「いいからいいから、ちょっとやってみてよ」
仕方ない。こうなったら止まらないのは分かってる。やるからちょっと離れてね。
袈裟斬りから始まり、ジークさんに褒められた突きまでの動作を本気でやった。確かにジークさんの言う通り、片手だと肘に負担がかかりそうだ。
「うーん、かっこいいんだけど左手が寂しそうだね」
え、そういう感想?
たしかに左手の置き場が無くてプラプラしてるけどさ。
「最後の突きの時に柄頭を左手で支えてあげるとかっこよくなるんじゃない?」
姉さんの提案にジークさんも賛成している。
え、またやるの?
最後だけじゃダメ?
駄目らしいので剣を構える。もうこれで終わりにしてほしいな。
袈裟斬りからの動き、切り落として薙ぎ払い、逆胴からの突きへの構え。
ここで左手を柄頭に添える。左の掌で柄頭を包み込む。
目線は遠くの土壁。体重を乗せて突きを、放つ。
ボンッ。
小さな破裂音が突きを放った俺の右手から聞こえ、剣から僅かに熱を感じた。
視線の先の土壁に向かって、サッカーボール大の火球が飛来する。土壁の中心に命中し、炸裂して火の粉を散らす。
すかさず姉さんが水魔法で消化した。
「やったねゲオルグ。火魔法を使えたね」
呆然としている俺に姉さんが飛びついてきた。これが魔法?
なんだろう。感動しているんだけど、不意打ちで素直に喜べない。
ちゃんと魔法を放つ心構えをしてからやりたかったよ。




