第99話 俺は捕まえた尾行者の情報を聞く
ジークさんが父さんを担いで食堂を出て行く。
父さんの退場により、語り部はルトガーさんに交代となった。
「では、護衛していた坊っちゃまに逃げられて、坊っちゃまを尾行していた2人を捕らえたところから話しましょう」
わざわざ俺が逃げた事を強調して言う必要あるかね?
「坊っちゃま。昨日少し話した時、尾行者は『人族の男が2人』だとジークが言ったのは覚えていますか?」
覚えてるけど、それが何か?
「より正確には、『人族の男性1人、人族の男の子1人』でした」
へー。まあジークさんは大雑把だからな。
「否定出来ませんね」
サクラと遊びながらもこちらに耳を傾けていたマリーが答えた。
「まあ事前に子供の事は隠しておくようにと打ち合わせていたわけですがね。相手は坊っちゃまと同年代の男の子でしたから、ぼっちゃまが興味を持って首を突っ込まないように」
言い方が悪い。
確かに同年代に尾行されていたと聞いたら興味を持つし、首を突っ込む可能性は捨てきれないけど。
「ふふっ、否定出来ませんね」
マリーにバカにされた。同じ言葉だが、ジークさんの時よりも嘲笑が多く含まれている。
素知らぬ顔でサクラとの遊びを再開したマリーを睨みつけている間にも、ルトガーさんは話を続けていた。
坊っちゃまを追いかけていったジークと別れた私は、捕らえた2人をダミアンが所属する警備隊詰所まで運び込んだ。
捕縛時に意識を刈り取った2人は未だ眠ったまま。息は有るので殺してはいない。
2人の身柄をダミアンに預けた私は急いで学校へと戻り、まだ学校に残っていた教師に話を持ちかける。
「フリーグ家は相変わらずだな。男爵が学生の頃も色々あったが、娘も息子も、騒動の渦中には必ずその名前が有る」
チクチクと嫌味を言って来る年老いた帝王学の教師を連れて警備隊詰所に戻り、捕らえた少年の顔を確認してもらった。
「ふむ。2年7組の生徒だな。名はフランツ。私の授業の成績は上の中くらいで、まあ良い方だ。7組の生徒だから、出身地は西方、住居は学生寮だろう。貴族の子息ではなかった筈だが、それ以上の事は学校に戻らないと分からないな」
学校のクラス分けは概ね出身地で纏められ、教師はそれで大体の出身地を把握している。
西方出身、ね。
西方出身という事は、西方伯か王太后の息がかかっている可能性が高い。
たとえ子供でも、実家の親兄弟を人質に取られたならば指示に従う他無いだろう。特に王太后は強引な手段を好む。
しかし、旦那様なら兎も角、坊っちゃまが狙われる理由とは?
過去に西方伯と問題を起した事が有るのはマリーの方だ。連日坊っちゃまが襲われる理由が思い付かない。
学内で、何かやらかしたんだろうか?
「では私はこれで失礼する。学校でまだやる事が有るのでな」
ダミアンが部下を2人付けて、学校に戻る教師を送らせた。学校でこの少年の情報を集める役割も担わせて。
「ルトガーさん。男の方の懐から、東方伯の名が書かれた指示書が2枚出て来ました」
教師を見送った後、ダミアンが2枚の羊皮紙を見せて来た。
『フリーグ家長男のゲオルグを誅せよ。読了後は燃やして処分するように。東方伯』
『南方伯縁者のバルバラを誅せよ。読了後は燃やして処分するように。東方伯』
ふむ。なかなか手の込んだ事を。
万が一尾行に失敗して捕まった時の言い訳か?
「この書の筆跡は、東方伯の物ですか?」
ダミアンの質問に首を振った。
「東方伯の字にしては綺麗に整い過ぎています。ですが、署名以外は代筆させる事の方が多いでしょう。署名はそれっぽく似せていますが、まあ偽物でしょう」
私は自信を持ってこの指示書が偽物だと断言した。
東方伯は多く居る孫の中で、坊っちゃまを特に可愛がっている。坊っちゃまは東方伯に対しても全く物怖じせずに対応するから。
だから、南方伯縁者に対する方は兎も角、東方伯が坊っちゃまに危害を加えるとは思えない。
「可愛がられているゲオルグ君が東方伯領を継ぐんじゃないかと疑った親族の犯行。その可能性は?」
「それは無いでしょう。東方伯は御長男に家督を譲ると以前から公言しています」
「では東方伯に恨みを持つ誰かの指示、という事でしょうか」
「まだ判断出来ませんね。取り敢えず私は旦那様にこの事を知らせて来ます。警備隊の方で東方伯邸に知らせを出してもらえますか?」
提案をダミアンが了承したので、私は旦那様の職場へ向かって詰所を出た。
王城門を守る近衛兵に旦那様への取り次ぎを願い出て暫く待つと、随分とイライラした様子の旦那様が城から出て来た。
「ルトガー、飲みに行くぞ」
「もう仕事はよろしいので?」
「色々考え事して手が進まないから今日はもう止めた。だけど、ゲオルグの護衛はどうした?」
イライラして仕事が手に付かなくても息子の事は忘れていなかった旦那様に心の中で拍手を送りながら、これまでの経過を説明した。
「あ、頭が痛い。どんどん面倒になって行く」
頭を抱えて固まってしまった旦那様を私は強引に警備隊詰所まで連れて行った。
「坊っちゃま、フランツと言う名に心当たりは?」
話を止めて聞いて来たルトガーさんの質問に、俺は頭を捻った。
2年のフランツ?
全く身に覚えがない名前だ。2年の知り合いなんてそんなに多くないけど、絶対に会った事が無い人物だ。勿論何かを怨まれる覚えも無い。
知らない、と答えを出すと、ルトガーさんの代わりに姉さんが口を開いた。
「もう辞めたけど、道具管理部の2年生だよ」
姉さんの答えを聞いても、俺はその名前にピンと来なかったし、怨まれる覚えは無いと再確認した。




