第94話 俺は隙を突いて護衛を撒く
ふっふっふ。
俺は今、大通りから一歩脇に入った通りを独りで歩いている。
大通りの人混みの中、前を歩くルトガーさんの目を盗んで逃げ出してやったんだ。
護衛のくせに護衛対象から目を離すなんて間抜けな話。
これであの、何とも言えない不快な気持ちになる進言を聞かなくて済む。
ふっふっふ。俺は自由だ!
はぁ。
その場の勢いに任せて飛び出して来たけど、これからどうしよう。
真っ直ぐ家に帰る気分じゃない。
かといって何かをする案も無い。
せめてルトガーさんさんからイヴァンさんの職場の場所くらい聞いておけば良かった。
王都を囲む外門近くの詰所だったと思うんだけど、どこだか忘れてしまった。
王都の端っこに有る4つの門まで歩いて探しに行くのは正直しんどい。馬車を借りに行くのもちょっとめんどい。子供1人では貸してくれないかもしれないし。
空を飛べたら楽なのにな。
それなりに人通りの有る通りを流れに任せて歩きながら、ぼーっと空を見上げる。
空は薄らと赤みが混じり始め、ぽつぽつと疎らに浮かんでいる小さな雲がゆっくりと流れていた。
「そうだ、マリーに帽子を買って帰らなきゃ」
道沿いに有る屋台で美味しそうな匂いを放っていた豚串焼きを1本注文して財布を取り出した時、財布に入っていた金額の多さを見て思い出した。
馬車を借りて浪費しなくて良かった。危うく帽子を買えなくなるところだった。
でも串焼き1本くらいなら使っても大丈夫だろう。買い食いはダメだと財布が文句を言っても、俺の腹は早く買えよと責付いている。
「おっちゃん。今の注文に同じ奴を3本追加してくれ」
俺が財布と金の使い方について言い合っていると、背後から俺の頭越しに屋台の店主へ声がかけられた。
人の注文に割り込んでくるなんてどういう神経をしてるんだ。順番を待つように文句を言ってやる。
振り返りながら声が聞こえた方を睨みつけると、
「よう、ゲオルグ様。ひさしぶり」
そこには爽やかな笑顔で愛想を振り撒いて来るジークさんが立っていた。
「このふわふわの毛糸のニット帽なんてマリーに似合うんじゃないか?」
似合うと思うけど、これから夏に向かうのに毛糸はちょっと。
「じゃあこっちの大きな帽子はどうだ。つばが広くて日光を遮れるだろ?」
外では良いけど学校内では被り続けられないよ。授業中、後ろに座る生徒の視界を邪魔しちゃうから。
「お、向こうに有る毛皮の帽子もカッコいいな。つばが無くて邪魔にならないし」
いや、だから季節感。
「まったく、ゲオルグ様は文句ばっかりだな」
文句を言いたくなるような帽子しか選ばないジークさんが悪いと思う。
俺は今、ジークさんと一緒に帽子専門店でマリーの合格祝いを選んでいる。
俺がぽつんと漏らした独り言を聞いていたようで、豚串焼きを一緒に食べた後、ジークさんに腕を引っ張られてこの店に来た。
因みに4本分の代金はジークさんが払って、そのうち3本はジークさんがぺろりと平らげている。
「おーい、こんなのはどうだ?」
ジークさんがまた別の帽子を持って来た。
何を考えて大きな羽飾りの付いたゴージャス感満載の帽子を持って来たのか、ちょっとだけ問い詰めるとしよう。
「いやー、ゲオルグ様のおかげで娘にいいお土産が出来た。ここは好きに飲み食いしていいからな」
ビールが並々と注がれたグラスを傾けながら、ジークさんが陽気に太っ腹な発言をする。
俺達は帽子専門店で買い物を済ませた後、ジークさんの希望で鷹揚亭に来ている。
「ゲオルグ様ももっといい帽子を選べば良かったのに」
ひと息にグラスを空にした酒豪は、早速2杯目を注文している。
俺が選んだのは、つばの無い麻の帽子だ。すっぽり被れば両耳まで隠れるほどの深さが有る柔らかい帽子。
室内で被っても涼しくて機能美が有るが、地味な色合いで安価な値段だったからジークさんは気に入らないらしい。
どうせ俺の金で買うんだからと強行したが、それからずっとこんな感じで不満を口にしている。
それに対してジークさんは真っ赤なベレー帽を選んだ。羊毛で作られたモコモコの暖かそうなやつ。
店員さんが言うには羊の魔物から取れる貴重な羊毛らしく、その毛による断熱効果は抜群で、冬には手放せない逸品らしい。
そう、冬には。まだ夏前だけどな。
これは帽子を被る季節関係無く商品を陳列しているお店側が悪いと思うな。
ジークさんは悪くないし、止めるのを諦めた俺も悪くないんだ。
でも俺だったら同じ毛糸でも真っ白なニット帽を選ぶな。あの赤色はちょっと派手過ぎる。
「そういえば、あのドワーフ族のお姉ちゃんなんだけど」
帽子の話から、ジークさんが急に話題を変えた。
あの、って武器屋で会ったシードル君のお姉さん?
「俺も店内に居たんだけどな。ゲオルグ様達が出て行った後、弟の名前を口にしながら慌てて店の奥に入って行った。多分あの建物内に弟君は居たんだろう」
やっぱりそうか。そうだろうとは思ったよ。だからってもう1度行っても会わせてくれないだろうし、無理矢理会いに行くつもりもないけど。
「それから、護衛を撒くのはあまり褒められた行為じゃないぞ。まあそのおかげで怪しい人物を捕らえられたけどな」
え?
怪しい人ってなに?
「まあ話はルトガーが来てから聞くとしよう。それまではゆっくり、な」
戸惑う俺を放置して、ゆっくりと言ったジークさんは勢い良くグラスを空にして次の一杯を注文した。




