第93話 俺は悪戯を思い付く
放課後、食品管理部の会議を終えて校舎を出ると、いつのまにかルトガーさんが傍に立っていた。
全く予定の擦り合わせをしていないのに丁度帰宅するタイミングで姿を見せたルトガーさんは、もしかして本当にずっと監視していたんだろうか。
「勝手知ったる我が母校ですので」
ルトガーさんがすました顔で言う。どう監視していたかは聞くなよ、と圧力を感じる顔だった。
ところで、母さんが呼び寄せるって言ってたジークさんは?
「ジークは隠れたままで護衛します。有事の際にはすぐさま飛び出してきますので、ご安心ください」
なるほど。2人が常に俺を取り囲んで護衛するわけじゃないのね。窮屈に感じなくて良いと思う。
「では、参りましょうか」
あー、すみませんルトガーさん。
帰宅を促そうとしたルトガーさんに謝罪して、帰宅する前にシードル君に会いに行きたいんだと伝えた。
「はい、承知しております。シードル君の自宅まで、なるべく大通りを通ってご案内します」
なんで知ってるんだ。って、ずっと俺を見てたから、休んでいるシードル君の事を俺が気にしているのを察してくれたのかな。
なんでシードル君の自宅まで知ってるのかはこの際気にせずに、俺はルトガーさんの誘導に従って道を歩いた。
シードル君の自宅は沢山の職人を抱えた武器屋だと聞いた事があったが、想像以上に大きな建物だった。
老夫婦2人で経営しているソゾンさんの店よりもずっと大きい。店内の武具販売スペースだけでも、ソゾンさんのそれの3倍近くは有りそうだ。
「いらっしゃいませ!御子様用の武具でしたら右奥の壁際の棚です。通学前の小児用に、学生用は学年別の授業で使われる装備と同型の物を揃えています。試着や試し切りも可能です。そちらをご希望の際はお声がけ下さい」
武器屋に入店してキョロキョロと周りを観察していると、陽気な営業スマイルを携えたドワーフ族の若い女性に声をかけられた。
元気な店員さんには好感を持てるが、客じゃないんだ。
「すみません。買い物ではなくて、シードルというドワーフ族の男の子に会いに来たんです。こちらに住んでいると聞いたのですが」
買い物客では無いと聞いた店員さんは、少し残念そうに顔を曇らせた後、
「シードルは私の弟ですが、どんな御用件で?」
不審者を見るような目付きに変わり、数歩後退って俺達から距離を取りながら尋ねて来た。
シードル君にはお姉さんが居たのか。それは知らなかった。
「すみませんお姉さん、自己紹介もせずに。僕はゲオルグ=フリーグと言います。隣は付き添いのルトガー。僕はシードル君と同級生で、今日シードル君が学校を休んだのを心配して会いに来ました。シードル君の体調は大丈夫ですか?」
体調不良で休んだのでは無いと知っていたが、他に上手い言い訳も思い付かずに、そう尋ねた。
「ああ、貴方がゲオルグ君……」
お姉さんは俺の名を聞いた事が有ったらしいが、その眼は不審な物を見るそれから変わらなかった。
「申し訳ありません。弟は医者から面会謝絶と言われていて、家族以外合わせる事が出来ません。お帰り下さい」
あれ?
想像していなかった答えが返って来て驚いた。面会謝絶?
シードル君側が学校に伝えた休む理由と食い違う明らかな嘘だ。しかし、どちらが嘘かは分からない。家庭の事情の方が嘘かもしれない。
「どこの病院に入院しているんですか?せめてお見舞いの品だけでも」
「面会謝絶なので不要です。ご遠慮下さい」
お姉さんは即答した。その表情は嫌悪感で溢れていて、これ以上食い下がるなと意思表示しているようだ。
うーん。まいったねこれは。完全にお姉さんと敵対している感じだ。
シードル君が誰にも会いたくないと言っているのか、家族が誰にも会わせたくないと思っているのか、はたまた本当に面会謝絶になるほどの重体なのか。
まさかシードル君が俺を名指しで会いたくないって言ってる?
訳が分からない。せめてどの話が本当なのか教えて欲しい。
「自発的にお帰り頂けないのなら、悲鳴を上げて人を呼びますが?」
粘り続ける俺に対して強引な手段に出るぞと脅して来るお姉さんに、俺は抵抗する術を持っていなかった。
お姉さんに追い立てられるようにして武器屋を出た俺は途方に暮れた。
まさかこんな風に門前払いされるとは思ってもいなかった。
「坊っちゃま、会えないのならば仕方ありません。日を改めましょう」
ルトガーさんに言われなくても分かってる。でも、今日会わないとこれからずっと会えないような気が、しない?
「それはどうか分かりませんが、居場所が分からなければ会いに行く事も出来ません」
それはそうだけど、ルトガーさんって割と淡白で薄情だよね。もっと粘ろうよ。
「名君に使える名宰相でも、主人の為になると思えば非情な進言も惜しまずするものです」
何その言い方。ルトガーさんに八つ当たりしても何にもならない事は分かってるけど、なんかムカつく。
「ではもう1つ別の進言を。私が坊っちゃまならば、この後彼の叔父に話を聞きに行きます。職場の警備隊詰所も自宅も調べてありますが、如何なさいますか?」
そういう言い方もなんかムカつく。行かないって言ってやろうかな。
「では帰りましょう。体を休ませる事も時には必要です」
俺の我儘に最もらしい理由を付けて賛同して来るのも、またイライラする。
分かった。話を聞きに行く。詰所まで案内して。
「畏まりました」
恭しく礼をして歩き始めたルトガーさんの背中を追いかけながら、このままこっそり逃げ出して困らせてやろうかなと、ふと思った。




