第91話 俺はマリーと遊んであげる
マリーは怒っていた。
母さんと話し終えた後すぐにマリーの部屋へ向かい扉をノックすると、ぶすっと顰めっ面をしたマリーが廊下に出て来た。
なんか機嫌悪そうだね。出直そうか?
「別に。普通ですが?」
気を利かせた結果、この返答。
普通と言う割には口調に棘を感じる。やっぱり怒っているに違いない。
「それで、御用件は?」
普段ならそんな言葉遣いしないのに。御用件、なんて初めて口にしたんじゃないかな。
えーっと。
視線を切らずにじっとこちらを見て来るマリーに少し焦った俺は、
「そんなに気に入らないんだったら、明日からマリーが登校出来るようにしようか?」
と口走っていた。
「なんでそういう話になるんですか!」
俺の不用意な発言でマリーの怒りは頂点に達したようで、その怒声は屋敷中に響き渡った。
「兄様よくない!」「マリー、だいじょうぶ?」
マリーの怒声が拡散して数秒後、カエデとサクラが走り寄って来た。
マリーを怒らせた事にアタフタしている俺と俺を睨み続けているマリーの間に割り込んだ2人は、各々自分の考えを口にしている。
2人がマリーの味方をする事にちょっとだけ傷ついていると、
「ゲオルグが出て行って漸く寝る準備に入ったのに、2人とも起きちゃったじゃない」
妹達に遅れてやって来た母さんに軽く叱られた。
今日は色々あって疲れてるのに、なんでまだ精神を削られなきゃいけないんだ。
それもこれもマリーの機嫌が悪いのが悪い。声を掛けずにさっさと風呂に入って寝ればよかった。
「怒ってないって言ってるでしょ。怒ってるように見えたとしても、ゲオルグ様には怒ってません」
「兄様、おこっちゃダメ」「マリーにやさしくして」
ぐぬぬ。妹達が俺から離れて行く。マリーはどうやって2人を手名付けたんだ。
「ほらほら2人とも。マリーも虐められてなかったみたいだし、部屋に戻りましょうね」
「うん。マリー、またね」「あしたも本よんでね」
ぐぬぬ。最近忙しくて2人と遊べなかったのがよくなかったか。やっぱり明日、学校休もうかな。
妹達を連れた母さんが廊下を引き返した後、マリーは部屋に入らずどこかへ向けて歩き出した。
どこへ行くんだよ。
「声を張り上げて喉が渇いたので紅茶を淹れに行くんです。ついて来れば一緒に淹れてあげなくもないですけど?」
まだ言い方に棘が有る。
でも淹れてもらおう。牛乳と砂糖をたっぷりと入れて、甘々にしてもらおう。
妹達に冷たく対応されてしまった今、俺を癒してくれるのは甘味だけだからな。
態々鍋で牛乳を温めて淹れてくれたホットミルクティーは、俺の心を優しく包み込んでくれた。
いい香り。体が温まってホッとする。このままベッドに潜り込んだら気持ち良く寝られそうだ。
しかしその前に風呂に入って汗を流したい。飲むタイミングを間違えたな。
「この茶葉は強い香りが良いですね。沢山の牛乳と混ぜても香りが負けていません」
普段はストレートを好むマリーだが、今日は俺に付き合ってミルクティーだ。砂糖は入れなかったみたいだけど。
俺に合わせたのは機嫌が直って来た証拠かな?
「それで、結局なんの用で部屋に来たんですか?」
少しは言葉に棘が無くなった、気がする。もう怒ってない?
「だ、か、ら、怒ってないんですよ。ゲオルグ様には」
じゃあ何に怒ってるんだよ。
「それは、なんというか、怪我をした自分に」
自分に?
「ゲオルグ様は無傷で帰って来たのに、怪我をして記憶を失った自分の不甲斐無さに」
言葉尻に悔しさを滲ませて、マリーは気持ちを吐露した。
それは、まあ、俺は。
「それと、ゲオルグ様に傷ひとつ付けられなかった相手の不甲斐無さに。もっと本気を出せよと」
おおおおいい!
少ししおらしくしたかと思ったら、もう俺を揶揄いに来やがった。顰めっ面から笑顔になったけど、いくらなんでも怪我して来いってのは酷くないか?
俺も危なかったんだぞ。シードル君やバルバラさんに助けられたから無傷で済んだけど!
「どうせ私には助けてくれる友達が居ませんよ」
そういう話じゃないだろ。運が良かったって話だ。
「どうせ私は運が」
ぐぬぬ、ああ言えばこう言いやがって。
「悔しい時に、ぐぬぬ、って言う人初めて見ました。もう一回言ってください」
うるせえな、わざと言ってるんだよ。いちいちそんなところに引っ掛かるなよ。
「ゲオルグ様っていつ見ても面白いですよね。こっちが悩んでるのが馬鹿らしくなるくらいに」
それ褒めてないだろ。絶対揶揄って楽しんでるだけだろ!
「まあまあまあ、紅茶のおかわりでも飲んで落ち着いてください」
有り難く頂くよ!
仏頂面で不機嫌なマリーよりはいいかと思い、楽しそうに揶揄って来るマリーと暫く遊んであげた。
遊んでやったんだ。遊ばれている訳では無いと、強く言っておきたい。




