第87話 俺はバルバラさんを援護する
俺の上にのしかかって呆然としているシードル君と、俺の視界外から聞こえるバルバラさんの悲痛な声。
土壁で塞いでいた小路の向こうからも断続的に水弾が飛んで来ていて、さっきまでバルバラの勇姿を見て盛り上がっていた野次馬達の声は勢いを失っている。
背中に水弾が当たって体勢を崩したバルバラさんは、そこから複数相手の攻撃を捌き切れなくなったんだろうか。火行と水行の相性の悪さも有り、長時間の削り合いはやっぱり火行が不利だ。
地面に仰向けになっている俺は、首を回してもバルバラさんの様子を確認出来ないのがもどかしい。
シードル君、早く退いてくれ、
「僕が、土壁を崩したから……。僕が、ゲオルグ君を押し倒したから……」
俺の思いとは裏腹に、シードル君はバルバラさんを見つめてぶつぶつと言葉を溢している。
あー、もう。さっきまでバルバラさんを止めるぞと息巻いていたくせに。
自分がやった行動を後悔して動きを止めるなよ。後悔しても、すぐさま次の行動へ移れ!
「変身!」
俺はシードル君への憤りを込めて1つの言霊を力強く発し、5つの魔導具を起動させる。
「わっ!なんですか!?」
俺の行動に気が付いたシードル君が、俺の上から飛び退いて避難する。
左腕の木行、頭部の火行、右腕の土行、右足の金行、左足の水行。
魔導具から生み出された5つの属性が、5方向から俺の胸部に向かって拡散する。俺を守るように全身を包み込み、俺に力を与える武具となる。
「なんですかそれ。……かっこいい」
変身によって俺の上から退かせる事には成功したが、今度は俺の姿に見惚れて動かなくなってしまった。そんなシードル君に、
「俺はこれからバルバラさんを助けて来るから、シードル君は土壁の向こうから飛んで来る水弾をなんとかして。厚い土壁を作って、それを壊されないように維持しておいて」
俺は早口に指示を出して駆け出した。
「ま、任せてください!」
後方から聞こえたシードル君の言葉を嬉しく思いながら、俺は小路の出口を塞ぐ柵を飛び越える。
着地と同時に、
「土盾」
右前腕部を支点に大きな土製の盾を生み出し、そのまま足を止めずにバルバラさんの元へ到着する。
不意打ちを喰らって劣勢になりながらも、まだなんとか立ち上がって水弾を防いでいるバルバラさんの横へ立ち、飛来する水弾を一つ、盾で防いだ。
それなりに勢いのある水弾。走り寄った直後で踏ん張りが効かず、タタラを踏んで少しよろけた。敵が水魔法を連発しているせいで、この辺りの石畳が濡れて滑りやすくなってるのも良くなかった。
「邪魔だ。下がってろ」
不甲斐無さを見せてしまった俺に、バルバラさんがキツイ言葉を投げつけて来る。
その間も相手は攻撃の手を緩めない。変な姿をした子供が出て来た事に戸惑う事も無く、この期にバルバラさんを仕留めようと攻撃を続けている。
「バカの一つ覚えの水魔法にもそろそろ飽きて来たところだ。アイツらはアタシが全部仕留めるから、邪魔するなよ」
俺に背中を向けながら偉そうに。
俺はバルバラさんの言葉を無視して、周囲の地面に種をばら撒いた。
「不毛な地、水滴有れば、蒼葉萌ゆ。変えた植生、炎を補助す」
土盾の影に隠れながらゆっくりと力を込めて詠い、左手の魔導具を介して蒔いた種に魔力を注ぐ。
「榛莽」
言霊に導かれ、植物が一気に成長する。雑草や低木が俺達を取り囲む様に育ち、周囲の水気を吸収していく。栄養を求める植物の根に破壊されて、石畳はもう再利用出来ないかもしれない。
「くそ!またか」
こちらを攻撃していた者の1人が悪態を吐く。
この状況で草木魔法を選ばない手は無い。水魔法ばかりを使って来る方が悪い。
「お?なんか、調子が戻って来たぞ」
自分の両腕に纏わせている炎の勢いを確認したのか、バルバラさんがボソッと口にした。
植物のおかげで足元の水分はすっかり無くなり、空気も良い感じにカラッと乾いて来ている。
水行の勢いが強いジメジメした環境では、火魔法は本領を発揮出来ない。
バルバラさんもバカの一つ覚えみたいに火魔法ばかり使わなければ。
「よっしゃ!なんだか知らないが調子が戻って来た!」
バルバラさんが肩をグルングルンと回して健在をアピールする。
腕を回す度に周囲に火の粉が飛び、足元の雑草や低木の葉っぱから白い煙が立ち上がる。それがまた、火行の勢いを強めている。
「さあ、狩りの時間だ!」
どこかで聞いた事があるような決め台詞を放ったバルバラさんは、炎の範囲を広げて全身を覆い尽くし、反撃態勢に移行する。
「総員退避!」
不利を察した水魔法の使い手達が逃げ始め、狩りの時間が始まった。




