第81話 俺はギゼラさんと口裏を合わせる
「どうだ、思い出したか?」
白衣を捲ってブレスレットを見せつけて来たギゼラさんは、どこか得意げだった。
ブレスレットに飾られた宝石は青く煌めき、未だ宝石に魔法が込められていると物語っている。
3ヶ月前のグリューンで色々有ってギゼラさんの手に渡った、俺が作った魔導具だ。
「私はゲオルグ達を忘れた事は無かったぞ。運び込まれた子がマリーだと気付いて警備隊に報告したのは私だからな」
自分の記憶力の良さを誇ったギゼラさんはマリーの診察に戻り、受傷部位の触診を開始した。
回復魔法で完治しているのは分かっているだろうに律儀な事だ。
「やる事はやって報告しないと、うちの先生が煩いから。うん、頭の傷は大丈夫だね。無駄だから抜糸もやっちゃおうか」
白衣のポケットから小さな鋏を取り出したギゼラさんが、マリー後頭部の縫合糸を切り始めた。
「骨折箇所も問題無し。頭部はもう1度包帯を巻くけど、他は全部無しで良いね」
マリーの全身を診終えたギゼラさんが新しい包帯に手を伸ばす。
治ってるのに巻き直す必要有る?
「傷口の洗浄と縫合に邪魔だから髪の毛を一部剃って有る。帽子が有ればそれで隠せるけど、私の手元に有るのはこの包帯だけだ」
ああ、なるほど。理解しました。試験合格祝いにマリーには帽子をプレゼントしよう。
ところでギゼラさん、色々聞きたい事が有るんですけど、聞いてもいいですか?
「包帯を巻き終えるまでならいい」
ではお言葉に甘えて。
そのブレスレット、まだ回復魔法は残ってますよね?
「そうだよ。貰ってからまだ1回も使ってないからね。もう1つのブレスレットも未使用で自宅に隠してある。どういう経緯でこの病院に居るかより、それが気になったの?」
どうして回復魔法が有るのに、マリーをすぐ治療してくれなかったんですか?
「ああ、そういう話に繋がるのか」
ギゼラさんは呆れたように溜息を吐いた。
「マリーの外傷は後頭部の挫創と手足の骨折。頭部の皮膚が切れて多少出血は有ったが頭蓋骨に骨折は見られず、皮膚を寄せて縫い合わせれば治療出来ると判断した。それと、手足の非開放性骨折では人は死なない。だから使わなかった」
意識が無かったのに?
「頭部に衝撃を受けて一時的に意識を失う事は良く有る。滑って転んで頭を打った程度でも意識を失う場合は有る。ゲオルグはそんな患者が来る度に回復魔法を使えっていうのか?私は2つしか持ってないんだぞ?」
マリーに使ったんだったら、すぐに新しく魔法を込めてもらったのに。
「そんな確証は無かったんだか無茶言わないでくれ。それに、私が居たからマリーの身元が分かって警備隊に連絡出来たんだ。感謝くらいはして欲しいね」
それには感謝しています。ありがとうございました。
「素直でよろしい」
話しながらマリーの頭部に包帯を巻き終えたギゼラさんは、
「そろそろ先生が戻って来るだろうから、口裏合わせしておこうか?」
口角を鋭く釣り上げて俺を手招きした。
「窓越しにエルフが回復魔法を使ってその子を治療した?」
「ええ、この男の子はそう言っています」
「君はそんなバカな話を信じたのかね!?」
病室に戻って来たセンセイはギゼラさんから話を聞いて憤慨した。
俺もその設定には多少無理が有ると言ったんだけど、ギゼラさんは何故か自身満々だった。
「しかし先生、回復魔法で無ければこの子の怪我はこんなにすぐには完治しませんよ」
ギゼラさんはマリーを立ち上がらせ、添木を当てられていた骨はもう問題無いと示した。
「エルフならば何故その子だけを助ける!この病院にはもっと重症な患者が多く入院しているんだぞ!」
「さあ、気まぐれなエルフが考える事は私には分かりません。この子が他の人を助けて受傷した現場を見て、同情でもされたのでは?」
「だいたいこの子が目を覚ましたと言いに来た女の子は、エルフが居たなど一言も言っていなかったじゃないか」
「単純に窓の外を見ていなかっただけでしょう」
「いい加減にしないか!これ以上虚言を続けるのならクビにするぞ!」
「畏まりました。短い間でしたがお世話になりました」
ギゼラさんが事前に話した通り、激高したセンセイはギゼラさんにクビを言い渡した。
「お前達も、治ったのならさっさと退院しろ!そして2度と私の前に姿を見せるな!」
センセイは俺達を指差して怒鳴り散らす。
全く堪え性の無い人だ。どうしてこんな性格の人がこんな大きな病院で医者を続けられているのか理解に苦しむ。
でもそんな性格のおかげで、俺達はすんなり退院出来そうだ。
再びダミアンさんがセンセイを連れ出した後、ルトガーさんがマリーの着替えを取りに家へ帰った。
その間、マリーが助けた少女の家族を病室に迎え入れた。
3人はマリーが記憶を失った事を残念がりながらも、感謝を伝えてくれた。
「ねえ、おにいちゃん」
マリーと話す両親と離れて、少女が俺に話しかけて来た。
「おにいちゃんすごいね!あたしもおおきくなったら、おにいちゃんみたいなすごいおいしゃさんになるの!」
えっ、えーっと。
俺はルトガーさんが帰って来るまで、憧れの眼差しで見て来る少女に、さっき見た事は内緒にしてねと言い含める事に注力した。




