第77話 俺はマリーとの勝負に負ける
「ゲオルグ様、早く早く!試験の時間に遅れちゃいますよ!」
今日はマリーの停学最終日。本日俺達が授業を受けている裏で課題の試験に挑戦するマリーは、朝から気が昂っている。
ちょっとうざいくらいのテンションで寝ている俺を起こしに来たマリーは、ラジオ体操を機敏に動き、マラソンをいつもより軽快に走って俺を抜き去り、朝食をもりもり食べていた。
現在、身支度を整えたマリーは勢い良く玄関扉を開いて家を飛び出し、まだ玄関でモタモタしている俺を急かしている。
ヴォルデマー先生の都合で試験は朝1番目の授業時間中に行われる。だから一緒に登校するわけだが、俺がもたついているのは今日も羊皮紙の束が入った布袋を2つとも持たされているからだ。
この紙束はヴォルデマー先生の私物で、返却する必要が有るらしい。また誰かが停学になった時、この紙束が課題として渡されるんだろう。
しかし自分の課題なんだから自分で持てよな。
「マラソン勝負で負けたのはゲオルグ様でしょ。早く早く!」
くそっ。今日珍しく勝負を持ちかけて来たと思ったら。勝負なんて受けるんじゃなかった。
「ゲオルグ様も借金の利子を無くそうとノリノリだったじゃないですか。ほら、ミリー達も待ってますよ。ゲオルグ様、急いでください」
はいはい、分かった分かった。分かったから、今日こそは浮遊魔法で補助をだなぁ。
「結果を聞いたら私はすぐ帰りますが、ゲオルグ様は午後の授業までしっかり頑張ってください」
学校に着くと、マリーは俺の手から荷物を軽々と受け取った。自分だけ魔法を使ってズルいぞ。
「今日はバルバラさんも登校します。出会って問題を起こさないように気をつけてくださいよ。では、私はこれで」
ジト目で睨み付ける俺を無視して、マリーはスタスタと立ち去っていった。
そういえばバルバラさんも登校日か。忘れようと心掛けていたらすっかり忘れていたな、ワッハッハ。
いつバルバラさんと出会っても良いように警戒して過ごしたが、結局その日はバルバラさんと出会さなかった。
試験を受けてさっさと帰ったか、もしくは試験を受けに来ていないのか。
どちらにしてもずっと緊張して過ごした1日が無駄になって、ちょっと損した気分だ。
「ゲオルグ、今日も特訓の終わりまで待つ?」
放課後帰る準備をしてリュックを背負い席を立つと、いつも通りカチヤ先生の特訓へと向かうミリーが声をかけて来た。
セルゲイさんに1人で帰るなと忠告されて以来マリーと一緒に帰っていたが、マリーが停学になってからはミリー達と一緒に下校していた。
でもミリー達の帰りってめちゃくちゃ遅いんだよな。食品管理部の会議とか、俺の用事が終わってもずっと特訓している。
正直特訓終わりを待つのはもう飽きた。早く帰って魔導具を作りたい。個人戦に向けて量産し続けているが、まだまだ目標の個数には達していない。
だから、今日は早く帰ろうかな。
「マリーちゃんも早く結果を報告したいだろうし、それが良いかもね。お祝いに何か買って帰ったら?」
合格したていでミリーは話しているが、落ちてるかもしれないぞ。お祝い買って落ちてたら、悲惨だぞ。
「マリーちゃんのあの自信なら絶対合格だよ」
そんな無責任な言葉を残して、ミリーは先に教室を出て行った。
まあ停学中ずっと頑張ってたし、受かっていて欲しいとは思うけど。
じゃあなんか買って帰る?
特に良い物が思い付かない。
取り敢えず食品管理部の方へ顔を出して、帰る際に考える事にしよう。
「変な物買うくらいならさっさと借金返してくださいよ」
ん?
なんとなくマリーの声が聞こえた気がして振り返ったが、クラスメイトが俺の背後を横切っただけだった。
空耳だな。
そう判断した俺はアランくんに続いて教室を出た。
食品管理部の会議を終えた俺は、久し振りに1人で学校を出た。
さて、何を買って帰りますかね。
財布として使っている小袋をリュックから取り出し、中身と相談。
高価な物は買えないぞ、と小銭達が主張している。
うーん。あの店のクッキーなら多少多めに買えるけど、この前食べたばかりだからなぁ。
その辺をぷらぷら歩いて、屋台とか覗いてみようかな。美味しそうな物があれば買って帰るようにしよう。
まずは大通りに出るか。そう考えた俺は、屋台が多い大通りに抜けやすい脇道へと足を向けた。
「おい、止まれ」
背の高い建物に挟まれて西日が差さない路地を歩いている途中、背後から声が聞こえた。
陽は当たらないが石畳の綺麗な小路。路地に入って誰ともすれ違っていないから、後ろからやって来た誰かの声。
声の質は男っぽいが少し迫力に欠ける。もしかしたら女性かもしれない。でもバルバラさんじゃ無さそう。
俺は後ろを振り向かずに歩く速度を上げ、最終的に駆け出した。こういう場合は聞こえなかったフリをして逃げるに限る。おいって言われても誰の事だか分からないしな。
「おい、待てと言ってるだろ!」
止まれとは言われたが、待てとは言われたのはこれが初めてだ。まあどちらにしても止まる気は無いが。
俺は小路を駆け抜け、隣接する別の通りに出た。さっきの道は人気が無かったが、こちらにはポツポツと人が居る。ここを突っ切れば大通りで更に人が居る。そこまで逃げ切ろう。
俺は足を止めずに走り続ける。今朝マリーには負けたけど、勝負を受けるくらいには走りに自信があるぞ。
すれ違う人が驚くくらい力一杯走ったが、小路を抜けてから、もう声は聞こえていなかった。




