第76話 俺は追加の仕事を頼まれる
校門前で2人の生徒が魔法合戦をした話はその日中に全校生徒及び教師陣の耳に入る事になり、武闘大会の前哨戦だと皆が盛り上がったが、2人は翌日から10日間の停学を言い渡された。
間に休日を挟むから実質9日間の停学だけど、派手にやった割には軽い罰で済んだなという印象。父さんから半年間の外出禁止を言い渡された事がある俺に比べたら軽いよね?
「全然軽くないですよ。こっちは大変なんですから」
その日の帰り道、マリーはげんなりとした顔を見せていた。
布袋に入れられた羊皮紙の束。それが2袋、マリーの両手を塞いでいる。
マリーの顔色が良くないのはそれが原因だった。
「これ全部暗記するとか、無茶じゃないですか?」
ヴォルデマー先生はマリーに課題を出した。停学の最終日に登校して試験を受け、一定以上の点を取ってその試験に合格しろというもの。出来なければ停学は延長されるらしい。
その試験の出題範囲はマリーが持っている紙の束だ。
「他の生徒より授業は遅れるし、停学なんて最悪ですよ」
マリーは忌々しげな視線を両手の荷物に送っている。
えーっと。ひとつ持とうか?
俺を攻撃しようとしたバルバラさんを止めてくれたマリーへの感謝と申し訳なさでそう申し出ると、
「ひとつなんて言わずに、全部持ってください」
マリーはぐいっと両手の布袋を差し出して来た。
仕方なくふたつとも受け取ると、マリーの表情はスッキリとしたような、晴れやかなものに変わった。
機嫌が良くなったのはいいが、俺の両手にはずっしりとした荷重が掛かっていて、思った以上にこちらの気分が害されている。
ただの紙束だろと思って甘く見ていた。紙の量が多過ぎてかなりの重さだ。ふたつとも受け取った事を早くも後悔している。
「ゲオルグ様、私が居ないからって無茶な事しないでくださいよ?」
文字通り肩の荷が降りて元気になったマリーが軽い調子で忠告して来る。言葉同様に足取りも軽やかだ。
はいはい、無茶しないよ。しないから、この袋ひとつ返してもいいか?
「男の子が一度受け取った物を返しちゃダメだって誰かが言ってましたよ。カッコ悪いからって」
誰かって誰だよ。カッコ悪くてもいいから、せめてひとつ。
「そうだ、これから課題を頑張る為に甘い物を買って帰りましょう。この前ゲオルグ様達が買って来たクッキー詰め合わせのお店はどうですか?サクラ様もアレは気に入ってましたし」
普段なら喜んで寄り道に付き合うんだけど、今日だけは真っ直ぐ家に帰りたい。
「さあ行きましょう。道案内お願いしますね」
そう言うとマリーは俺の背後に周り、グイグイと背中を押し始めた。
押さなくてちゃんと連れて行くから、せめて浮遊魔法で補助してくれ。
マリー達が停学になってから暫くは平穏な日々が続いた。
ダミアンさんとイヴァンさんには、あの日家を訪ねて来て以来会っていない。
勤務先は知っているから会いに行こうと思えば会えるが、会いに行っても部外者に捜査情報は教えてくれないだろう。
だから会いに行ってない。あれから捜査がどうなったのかは気にしてない。
でもシードル君は気になるようで、ちょくちょくイヴァンさんの所へ行っているようだ。勿論、捜査内容は聞けていないらしい。
情報が入らなくなったシードル君は大人しくなった。無駄話が無くなって魔導具の点検が捗り、マリーの停学後4日目で全ての点検をやり終えた。
これで抱えている仕事のひとつが終わり個人戦用の魔導具作りの時間が増えると安堵したが、翌朝の授業前、セルゲイさんが直々に新しい仕事を持って来た。
「今回食品管理部が出す店に置く魔導具だ。正常に動くかどうか、販売する者が事前に検査するのは当然だろ?」
そういう風に言われると、発案者として拒否出来ない。
「光を出す魔導具も音を出す魔導具もまだ100個ずつしか作れていない。これからもどんどん作るからよろしく」
まだまだ増えるのか。
「こっちもバルバラが居ない間に数を増やしておきたくてな。また昼休み、うちの下級生達と一緒にやってくれ」
下級生達って、シードル君と先輩の2人しか居ないじゃないですか。元々居た他の2人はどうしたんですか?
もしかして魔導具作りの方に回しているんですか?
「なんだ、聞いてないのか。あの2人はだいぶ前に運営委員をクビになったぞ。バルバラの独断で」
はい?
全くの初耳なんですけど、それよりもバルバラさんに人をクビにする権力が有る事に驚いています。ただの暴君ですよあの人は。
「独断は言い過ぎたな。バルバラの発議で俺もアリーも承認したから、独断じゃないな。その後、他の部長達も2人は要らないと判断し、2人はどの管理部にも拾われる事なく運営委員自体をクビになったんだ」
一応会議はしたのか。暴君として君臨してなくて良かった。
しかしバルバラさんへの恨みがまた1つ増えてしまった。俺が忙しくなった原因の大半はバルバラさんに有る。
「じゃあそういう事だからよろしくな」
黙り込んでバルバラさんへの怒りを募らせていたのが悪かったのか、セルゲイさんはそそくさと退散して行った。
せめてなるべく早く終わるように頑張ろう。
断れないなら頑張るしかない。俺はそう決断して、1つ大きな溜息を吐いた。




