第74話 俺は警備隊に情報提供を頼まれる
警備隊詰所が燃やされた話は王都に住む人々の注目を集め、噂話となって一気に広まっていった。
フリーグ家の家人達も外出先で色々と情報を仕入れて来たらしく、俺がマリーの授業終わりを待ってゆっくり帰宅した頃にはメイドさん達の中で大きく話が膨れ上がっていた。
「詰所の放火犯は熊みたいに大きな獣人族の男だったって話よ。詰所の裏手でコソコソしてたけどその図体で目立ってたって」
「私が聞いた話では、細身の魚人族が詰所から飛び出してそのまま走り去ったと」
「えーー、違うよ、ドワーフ族だよ。中年のドワーフ族と若いドワーフ族の2人組だよ」
3人のメイドさんが廊下で立ち話をしている。
皆バラバラの情報を主張しているが、そもそもシードル君の話では放火されて随分と時間が経ってからその火に気付いたんだ。
いつ放火されたのかも分からないのに、詰所の近くに居ただけで犯人扱いは酷いと思う。
それにドワーフ族の2人組ってシードル君とその叔父さんじゃないか?
「ほらほら、立ち話をせずに手を動かしてください」
廊下の向こうからやって来たルトガーさんが3人のメイドさんを追い立てた。
「坊っちゃま、お帰りなさい。旦那様がお呼びです。マリーも一緒に」
ん?父さん?
こんな時間に父さんが仕事から帰って来ているなんて珍しい。
態々呼び出すなんて何の用だろう。何か叱られるような事したっけな?
「まず叱られるかもって思うのはどうかと思いますが、叱られるとしたら小麦粉の件じゃないですか?男爵様に無許可だったんですよね?」
それは、まあ無許可だったけど、出来れば母さんがやった事だからと罪をなすりつけたい。
「うわぁ、卑怯者だぁ……」
なんとでも言うがいい。父さんを怒らせて罰を受けるより、マリーから蔑まれる方がマシだからな。
ルトガーさんに連れられて父さんの執務室、ではなく応接室へ向かった。
なぜ応接室にと首を傾げていたが、応接室に父さん以外の人間が居た事で合点がいった。
「やあ、ゲオルグ君、マリーちゃん、久しぶり。1年ぶりくらいかね?」
紅茶の入ったカップを片手に陽気な挨拶をして来たのは、王都警備隊市街地区副隊長のダミアンさんだ。
もう1人の応接室のソファーに腰を下ろしているが、会った事の無いドワーフ族の男性だった。
お久しぶりです、とダミアンさんに挨拶し返すと、
「座ったままで申し訳ないがこのまま紹介させてもらうよ。隣のドワーフ族は王都警備隊南門地区所属のイヴァンだ。イヴァンとは昔からの知り合いでね。今日はこのイヴァンの用事でお邪魔しているんだ」
ダミアンさんが男性を紹介した。
ダミアンさんの紹介に合わせて会釈したイヴァンさんに、初めましてと返す。
南門地区のドワーフ族?
そう聞くと、ニコニコと笑顔を作っているドワーフ族になんとなく知り合いの面影が重なった。
もしかして、シードルというドワーフ族の縁者の方ですか?
俺の問い掛けにイヴァンさんは表情を更に大きな笑みに変えて、
「おお、分かるかね。シードルから聡い子だと聞いていたが、噂に違わぬ頭脳。流石男爵の息子だ」
ガハハっと豪快に笑い始めた。
という事はイヴァンさんは火事が有った南門付近の詰所に居た関係者。イヴァンさんは火事の件でここに来たんだろうか。
それにしても笑い方はシードル君には似ていなかったな。いや、もしかしてシードル君も歳を取ったらこうなるのか?
「あまり褒めると調子に乗るのでやめてください。きっと甥子さんからイヴァンさんの名前を伺っていたんですよ」
息子を褒めるなという父さんだったが、声色は弾んでいて嬉しそうだった。
そんな父さんと同じソファーに俺とマリーが腰を下ろすと、
「早速だがね、ゲオルグ君。バルバラという少女が何者かに襲われた話は聞いているね?」
イヴァンさんが話を切り出した。
え?そっち?
予想していなかった問い掛けに一瞬返答が遅れたが、聞いていますとなんとか声を絞り出した。
てっきり火事の話かと思ってた。
でも良く考えたら火事の件で我が家の来る理由なんて無いよね。
バルバラさんは、まあそっちもあまり関係無かったわ。
「シードルから聞いた話では、バルバラという少女は襲われる前に『面白い物』を見せると君に言ったそうだね」
シードル君にちょろっと話した内容がイヴァンさんに伝わったらしい。
でも、確かにそう聞いたがその内容までは把握していない。バルバラさん本人から話を聞いてはどうですか?
「それが話してくれなくてね。今回の事件は明らかに物取りや強姦が目的じゃなくて、1人の少女を殺す事だった。その『面白い物』というのが誰かの強烈な恨みを買い、犯行動機となったんじゃないかと我々は推測しているんだがね。実行犯を2人とも逃してしまって、彼女から信用を失ってしまったのが痛恨の極みだね」
なるほど。バルバラさんは捜査に非協力的なのか。自分でなんとかするつもりなのかも知れない。本職の警備隊に任せておけばいいのに、血の気が多くて困る。
「それ以外でも気になる事が有ったら話して欲しいんだ。小さな事でもなんでも」
捜査するキッカケが欲しい。それは理解出来るが、俺には提供出来る情報は、うーん。
「魔導具を調べていた件はどうですか?あと、食い違う火事の話は?」
「ほう、それは何かね?」
何か無いかと悩む俺に助言したマリーの言葉に、イヴァンさんが反応した。




