第73話 俺は火事の話に疑問を覚える
王都のどこかで火事があった。
俺がその話を耳にしたのは、翌朝登校した後だった。
「通りを歩いてたらさぁ。ドーーーーン!っと大きな爆発音が鳴り響いたんだ。腰を抜かせるほど驚いて音の方を見ると、ゴウゴウと唸り声を上げて大きな火柱が立ち上がってたんだよ。その炎が生み出す熱波を肌でひしひしと感じながら、俺は周りにいた人達と一緒に消火活動を」
10組の教室へ行く途中の廊下に居た少年が、隣に居る少女に向かって身振り手振りを交えながら大きな声で話していた。
こちらに聞く気が無くても勝手に耳に入って来る。そんな音量で話している少年には見覚えが有った。
道具管理部の1年生だ。
勿論シードル君じゃなくて、途中から魔導具の点検に来なくなった方の1年生。
「誰かさんと違って、俺が水魔法を使えて良かったよ。でなきゃ炎が他の建物に燃え広がって大惨事になるところだった」
少年は消火活動に加わった事を弾んだ声で自慢げに話している。
その言い方が気になって視線を彼の方へ向けると、彼としっかり目が合った。
「やっぱり咄嗟の時に頼れるのは自分の力。魔導具なんて役に立たないと思わないか?」
俺の目を見据えながら、明らかに俺に向けて問い掛けて来たが、
「まあ無能に何を言っても無駄か。道具に頼る事しか出来ない無能には、な」
自分で勝手に話を終えて、高らかに笑い始めた。
俺は特に相手をする事無くその場を通り過ぎたが、笑う少年の隣に居る女の子がつまらなそうにこちらを見ていたのが印象的だった。
「なんか変な子が居たね。何か魔導具に恨みでも有るのかな?」
10組に入って荷物を下ろすと、一緒に登校したミリーが首を傾げた。さっきの少年の言動に引っ掛かったらしい。
多分俺を揶揄いたかっただけだろ。気のするだけ損だよ。
「揶揄われるような心当たりがあるの?」
うーん。心当たりねぇ。
俺が昼休みにシードル君と魔導具の点検をしてるのは知ってるだろ?
元々は彼も道具管理部に所属していて点検する係だったんだけど、途中でその役目を外された。から?
「そんな事で揶揄って来る?もっと嫌われるような事したんじゃないの?」
してないしてない。俺は常に品行方正。誰かに喧嘩を売ったり嫌われるような事はしません。
キッパリと否定した俺をミリーは胡乱な目で見つめて来た。
こんなに真面目に生きてるのに同級生から揶揄われ、友人から疑われるなんて。人生嫌になるね。
「ごめんごめん、冗談だよ。それにしても火事って怖いね。熱波を感じる程の火柱ってさ。私も水魔法使えないから」
俺の表情の変化を感じ取ったミリーが話題を変え、そのまま消火の魔導具について話が流れていった。
確かに火事は怖い。武闘大会火事が起こらないように、食品管理部としては気を引き締めないとな。
「ゲオルグ君知ってますか!?火事ですよ火事!」
昼休み、いつも通りに魔導具の点検へ向かうと、昨日に引き続き興奮したシードル君に迎えられた。
昨日火事が有った事は耳にしたけど、被害に遭った人が居るかもしれないんだからそこまで興奮するのは如何なものかと。
「それが、燃えたのは南門の近くにある警備隊の詰所なんですよ!」
俺の話なんて聞いていないシードル君は独りでどんどん話を進める。
「警備隊詰所が燃やされるなんて前代未聞ですよ!警備隊の皆さんは血眼になって犯人を探しているとか!」
ちょ、ちょっと待って。
燃やされる?犯人?
失火じゃなくて放火って事?
「ええ、そうです。あそこの詰所には元々竈門などの火元が無くて、煙草を吸う隊員も所属して無かった。つまり、火が付くなら放火しかないって事です」
うん、わかった。それにしても随分と詳しいんだね。
「実は僕の叔父さんがそこの詰所に所属してまして、昨日の放課後会いに行ったんです。そしたらちょうど消火活動が始まったところで、僕も消火から片付けまで手伝ったんですよ」
へえ。シードル君が水魔法を使えるとは知らなかった。意外と多彩なんだな。
「何言ってるんですか。水魔法なんて使えませんよ?」
え?だって消火って。
「僕はドワーフ族ですよ。ドワーフ族は火を消すのに水を使わず、土魔法を使います。土で火を完全に覆うんですよ。ちょっとコツがいるんですけど、武器職人の父から教わって火の扱いには慣れてますし、叔父も居たので」
シードル君が恥ずかしがりながらもちょっとだけ自慢げだ。
水で消したんじゃなかったのか。じゃあ、朝聞いたあの話はなんだ?
「火の手に気付くのが遅れて、詰所の一室が燃え落ちてしまいましたが、隣接する建物には広がらずに済みました。警備隊員も皆無事ですが、ただ」
ただ?
「火事の混乱中に、一昨日バルバラさんを襲った犯人2人が居なくなってました。詰所内で監視しながら2人を治療していたんです。折角フリーグ家の高い薬を使ったのに、と叔父さんは憤慨していました」
なるほど、理解した。その2人を逃す為の放火か。犯人像と目的が分かりやすくて助かる。
「あっ、そういう事ですか。流石ゲオルグ君。その話、叔父にも話していいですか?」
いいけど、これくらい警備隊の人達なら考え付くと思うよ?
「おーい。そろそろ作業を始めてくれないと、昼休みに終わらないんだけど」
俺達の長話に痺れを切らした2年の先輩に止められたがシードル君の気持ちは落ち着かず、作業をしながらもシードル君は口を動かし続けた。
シードル君の1番の疑問はバルバラさんを襲った犯人達の黒幕らしい。警備隊が聞き取る前に逃げられたようだからな。俺もそれは気になるが。
あの朝の少年の話。シードル君と話が食い違ってるけど、なんでだ?
どちらかが嘘をついているのか。それとも、そもそも2人とも別の火事現場について話しているのか。
興奮を隠さないシードル君の声を耳に入れながら、俺は別の事を考えていた。




