第71話 俺はバルバラさんの態度を気に病む
げっ。
放課後、食品管理部の会議へ向かう途中の廊下で、バルバラさんとばったり出会してしまった。
いや、出会したというか、アレは待ち伏せだろう。
現に俺を見つけたバルバラさんは口角をニンマリと釣り上げている。
獲物がまんまとやって来て歓喜している。そんな笑顔だ。
不機嫌さを露わにされるよりはよっぽどマシだが、その表情をしたバルバラさんは俺に不幸を運んで来る厄病神そのものだ。
「ゲオルグ、ちょっと付いて来い」
厄病神はこちらの都合も考えず、強引に話を進めようとする。相変わらず姉さん並みに傍若無人な振る舞いだ。
「残念ですが、これから食品管理部の会議が有るので、それは無理です」
しかし俺もそう簡単に向こうの言いなりにはならない。今日は会議という免罪符を持っているからな。俺を引っ張って行きたきゃ、マルセスさんの許可を得る事だ。
「なんだ断るのか。折角面白い物を見せてやろうかと思ったのにな」
ニヤニヤとした表情を崩さず、バルバラさんが挑発してくる。断らない方がいいぞ、と更に念を押してくる。
だが甘く見られては困る。そんな言葉にホイホイと釣られるような俺じゃないぞ。
面白い、という単語だけで付いて行くのは姉さんぐらいだ。
「ふーん。まあいいや。じゃあな」
バルバラさんは終始ニヤけて、機嫌良さげに立ち去って行った。
一体なんだったんだ。面白い事というのも実は嘘で、俺をどこかへ連れて行こうとする罠だったのか?
昼間の魔導具の点検は、今回は姉さんが貸し出した魔石を調べる魔導具も併用しながら点検したから、バルバラさんに疑われる余地はない。
もしかして、どこか人気の無いところへ連行して、俺と喧嘩するつもりだったとか?
それは有るかも。
俺を殴れる事を楽しみにしてのニヤニヤだったのかもしれない。
酷い乱暴者だ。今日会議が有ってほんとに良かった。
「ゲオルグ君、新しい出店申請書類について何か意見は有る?」
おっと。
ぼーっとバルバラさんの事を考えていたら会議がどんどん進んでしまった。バルバラさんの笑顔は気になるけど、ちょっと傍に置いておこう。
「特に有りません」
マルセスさんの話は聞いていなかったが、昼休みに受け取った書類にはしっかりと目を通してある。
新たな申請の3件とも飲食物を提供する屋台。必要になる食材や魔導具は先の5件と似たり寄ったりで、新たに注意するべきところは無い。
強いて言えば、3件とも今年初めて出店する人達だから安全面には不安が残る。
でもそれは面接事に話すから、特に今は言及するところじゃ無い、はず。
「他の部員達も意見が無いようだし、早速明日面接することにしよう。で、次は今日の本題。フリーグ家に買ってもらった、倉庫いっぱいに有る小麦粉の件だ」
マルセスさんが話を切り替えると、食品管理部の部員が一斉にこちらを向いた。
「小麦粉の値段は安くなったが、その分フリーグ家には迷惑をかけた。改めて、ありがとう」
マルセスさんの謝罪に、購入現場にいたゲラルトさんやアグネスさんも続いた。
「しかし、問題も有る。値段は安くなったが、その量は当初の予定を大幅に超えている。去年使用した小麦の量を遥かに超える量だ。食品管理部の予算では、その全てをフリーグ家から買い取る事が出来ない」
全部買い取ってくれるとこっちは楽だったんだけど、そうは上手くいかないよね。
まあ買った金額でそのまま渡しちゃうと、俺が母さんに利子を払えなくなっちゃうからそれはそれで困るんだけど。
「来年以降その商会との取引をどうするかという問題も有るが、まずはこの大量の小麦粉をどう捌くかだ。取り敢えずは小麦粉を使う出店者には東方伯領の小麦粉を薦める形にしようと思うが、何か意見は有るか?」
マルセスさんが話を振ると、皆が思い思いの意見を述べ始めた。
東方伯領産とヴルツェル産の小麦粉を選べるようにという意見も有る。料理人としては小麦粉の種類を変えたくない筈だからと、モーリッツさんが強く主張している。
出来るなら2割の利子分も含めて買い取って欲しい。俺も素直な意見をマルセスさんに伝えた。
会議はそれなりに白熱し、面接を予定していた時間まで休まず続いた。
結局、その後面接を行ったドーナツ屋の希望通り、ドーナツ屋には2種類のヴルツェル産小麦粉を卸すことになった。
俺の借金が一切減らなかった事に肩を落としたが、がっかりしていても仕方ない。何か手を考えないと。
何処かの店に買い取ってもらうと1番楽なんだけど、武闘大会の為に用意した小麦粉をいきなり外部の店に売りつけるというのもちょっとな。
可能なら武闘大会で捌き切って、来年の取引に向けた良い前例としたい。もし武闘大会で売れ残ったら外部に売るって感じかな。
うーん。でも昨日書類を出した3件とも小麦粉を使わないんだよなぁ。これからどれくらい小麦粉を使う店が増えるか分からないし。
もういっそ、たこ焼きとかお好み焼きとかクレープとか、そういう店を自分で出店する?
ハハハ。自分で自分の首を絞めてどうする。俺には他にも事がいっぱい有るんだっての。
だからバルバラさんの都合に付き合ったりも出来ないんだ。なんだったのかは少し気になるけど、誘いには乗らないんだ。
食品管理部の会議を終えた俺は、小麦粉と魔導具と、バルバラさんを少しと、その他諸々で頭を悩ませながら家路についた。




