第70話 俺はミリーに貸しを作る
小麦粉の件を一旦脳の隅っこに追いやり、武闘大会に使う魔導具の言語構成を考えて過ごした翌日。
授業開始前に、シードル君が俺を訪ねて10組の教室に来た。
「また魔導具の点検を手伝ってもらえませんか?」
ぐったりと疲れた顔をして助けを求めて来たシードル君は、顔色悪いよとミリーに心配されている。
調べなきゃいけない魔導具の数の多さに辟易としているんだろう。助けてあげたい気持ちもあるが、出来れば俺はもう武闘大会までバルバラさんと関わりたくない。
他にもやらなきゃいけない事を抱えてるし、今回はことわ、
「大丈夫、ゲオルグがパパッとやっちゃうからね。シードル君はちょっと休んだ方がいいよ」
るつもりだったのに、何故かミリーが快諾した。
勝手な事をするなよ。シードル君には悪いけど、俺は俺で色々忙しいんだ。
「忙しいって、昨日の昼休みはずっと寝てたって聞いてるよ?」
昨日は……まあ寝てたけど。
それは夜中の疲れを癒す為であって、昨日の俺には必要な行為だったんだ。
「でも今日は寝ないんでしょ?だったら昼休みだけでも手伝ってあげてよ。今日はシードル君の方に休息が必要だよ」
ミリーが全く折れない。なんで関係無いミリーが1番熱くなってんだか。
そこまで言うならミリーが手伝ってあげたら?
「私だって手伝えるなら手伝いたいんだけど、昼休みはカチヤ先生の特訓が有るから」
「ミリーが手伝ったら余計に時間が掛かる。魔導具の事、何も知らないんだから」
悔しそうに顔を顰めたミリーにアランくんがツッコミを入れた。
あんなに指導したのに何も知らないと評されちゃうと、ちょっと傷付いちゃうぞ。流石にドワーフ言語の間違い探しくらいは出来るよな?
「だから、ね。お願い。今度ゲオルグが困ってたら私も手伝うからさ」
「こうなったらミリーは1歩も引かないから」
アランくんが早く終わらせようとミリーの援護に就いた。
ああもう、分かったよ。これはミリーへの貸しだからな。
ミリーの圧力に押されて、俺は渋々昼休みの予定を決めた。
昼休み。こうなったらさっさと終わらせてしまおうと魔導光芒の部屋へ急ぐ。到着すると、すでにシードル君と2年のドワーフ族の先輩が作業を始めていた。
今日はコンロ型の魔導具か。火属性の魔石だな。
「来てくれてありがとう。検査する人数が減っちゃってどうしようかと思っていたんだ」
作業の手を止めた先輩が、満面の笑みで俺の右手を取った。
両手でぎゅっと俺の手を握って感謝を表しているようだが、なんとなく、逃がさないぞという言外の意思を感じた。
そういえば、他の人達はどうしたんですか?
魔石の点検を進めながら、シードル君に聞いてみた。
最初に点検を手伝った時には1年生2人と2年生2人の合計4人居たはずだが、今日は半分の人数で作業している。
まあ居なくなった2人はあまり俺を歓迎していない風だったし、俺としては居ても居なくても良いんだけど。
「それが、昨日部長が2人を連れて行ってしまって。代わりの人員も送られず、昨日は先輩と2人で遅くまで点検する羽目に」
昨日を思い出したシードル君が、がっくりと肩を落として溜息を吐いた。
部長というとセルゲイさんか。2人を連れて行って別の作業をやらせてるのかな?
「さあ。理由は教えてくれませんでした。代わりに誰か、とお願いしても、頑張ってくれ、としか」
理由を言わないのは酷いな。代わりの人を寄越さないのはもっと酷い。
「まあ実際のところ、あの2人はやる気が無くて作業が遅かったから、僕は居なくなって清々してるけどね。さ、おしゃべりは止めて手を動かそう」
先輩が話を切り上げる。
清々したと強がる先輩と違って、シードル君は眉を八の字にしていた。
「失礼。ゲオルグ君は居るかな?」
昼休みが終わりに近づいた頃、マルセスさんが魔導光芒にやって来た。
申し訳ないが、作業の手は止めずに応対させてもらう。
どうしたんですか?と声だけで返答すると、
「さっき新しい出店申請が3件届いたから大急ぎで複製を作って皆に渡してるところなんだ。放課後に会議を開くから目を通しておいてくれ。あ、会議の後に、先延ばしにしていたドーナツ屋の面接もするからそのつもりで」
俺が作業を続けている机の側まで来たマルセスさんが、束になった羊皮紙をそっと机の上に置いた。
作業の邪魔にならない位置を選んで置いてある。マルセスさんは出来る男だな。
「忙しいみたいだから、小麦粉の件は会議で話そう。じゃ、頑張って」
結局1度も視線を合わせる事無く、マルセスさんは帰って行った。
適当な対応をして申し訳ない。でも今日の昼休みでコンロの魔導具を終わらせたかった。
俺はそのまま授業開始ギリギリまで作業を続けてなんとか点検を終わらせ、少し晴れやかな気持ちで午後の授業を受けた。




