第66話 俺は鷹揚亭で愚痴を漏らす
バルバラさんに煽られてイラついた俺は、家には帰らずに1人で鷹揚亭に来ていた。
「聞いてくださいよ、エマさん。5年のバルバラさんが酷いんですよ!」
ホールを担当しているエマさんを捕まえて、溜まった不満をぶちまける。
エマさんは食品管理部との面接が終わった後、帰宅して実家を手伝っていた。
日が沈みかけた夕食時。鷹揚亭はそれなりに混雑していたが、溜まった鬱憤を誰かに聞いてもらいたかった。
「昨日までの話はアリーから聞いてるけど、今日も何か有ったんだね。お疲れさま。頑張ったゲオルグ君に、今日はお姉さんが1杯奢ってあげよう」
忙しい手を止めて、エマさんは優しく笑いかけてくれた。
ああ、エマさんの柔和な笑み。面接の時に向けられた表情よりも、更に神々しく感じる。
それを見るだけで負の感情が浄化されていく。
バルバラさんから受けた負の記憶、俺の中からもっともっと消えて行け!
「おーい!姉ちゃん!注文!」
「はーい!すぐ行きまーす!ゲオルグ君、ゆっくりして行ってね」
心の中でエマさんの笑顔を噛み締めていると、他の客にエマさんを取られてしまった。
エマさんは仕事中だから仕方ない。だけど、嫉妬という別の負の感情が溜まってしまう。
よし、俺も何か注文してエマさんを呼ぼう。そうしたらまた少し話が出来る。
俺はいつもの唐揚げ定食を頼むと決めて、エマさんを大声で呼んだ。
エマさんとちょっとずつ話しながら好物の唐揚げ定食を平げ、俺は鷹揚亭を出た。
もっともっとエマさんと話したかったが、酒を求めて続々と新しい客が来ていたからな。金にならない客が座席を1つ埋め続けるのも忍びない。
既に日は完全に沈んでいるが、道端の街灯や家屋から漏れ出た明かりが街を照らしていて、足元はそれ程暗くない。
日は沈んでも、王都の人達はまだ外を出歩く時間。路上の人通りもそれなりに有る。
流石に仕事終わりの大人ばかりで、子供は見当たらないけど。
俺は日中とは違う王都の様子を楽しみながら、ぷらぷらと歩みを進めて家路に着いた。
家に帰ると、帰りが遅くなった事を、父さんに叱られてしまった。
エマさんのお兄さんが気を利かせてうちに使いを出してくれたお陰で、俺が鷹揚亭で食事している事は父さんに伝わったらしいが、鷹揚亭に行く前に一度帰宅するべきだった。ごめんなさい。
今後は一度帰宅して誰かに言付けする。父さんとそう約束した。
その後、湯船に浸かって今後の事を考える。
これから1ヶ月の最終目的は『バルバラさんと闘って勝つ』だ。
バルバラさんと闘う為には個人戦の1年生の部を優勝する必要が有る。
個人戦は『なんでも有り』のフリーバトル。相手は必ず魔法を使って攻めて来る。
マリー程の強力な魔導師と闘う事になったとして、どうやって勝つか。
正式なルールはまだ把握してないが、どちらかがギブアップするまで戦闘が続くのなら、俺は負けない。
負けないけど、自然治癒能力をみんなの前で晒す事になる。
それをどこまで許容するか。回復魔法の魔導具を用意しておいた方が自然か?
うーん。
長湯を終えて自室に戻る。
『出来るだけ沢山魔導具を用意しておく』
これが考えた末の結論。
考えた結果がそれかと嘆きたくも有るが、他に出来る事を思い付かなかったんだから仕方ない。
攻撃用も、防御用も、勿論回復用も、沢山作って試合に持ち込む。
出来れば1回勝ち進む毎に使う魔導具を変えたいくらい。一度見せたら対策されるだろうしな。
時間は少ないけど、やるしかない。俺はあのバルバラさんを一泡吹かせてやると決めたんだから。
「ゲオルグ、ちょっといい?」
用意する魔導具を紙に書き起こしていると、姉さんが部屋に入って来た。
「これ、あの時使ったのと同じ点検用の魔導具。ゲオルグにも1台あげるね」
強力な光を放って魔石を調べたあの魔導具が机の上に置かれた。
「昨日急いで作った割には、良い出来だったでしょ」
放課後の出来事を思い返したのか、姉さんはにんまりと笑って御満悦だ。
昨日夜食を食べる程遅くまで起きていたのは、これの為か。
確かにこの魔導具は素晴らしい出来だったが、姉さんは前からこの方法を知ってたの?
「うーん、なんとなく、かな。最近火魔法の応用で強い光を生み出せるようになって、魔導具を作ってる最中にもしかしたら魔石の検査に使えるかもって閃いた。そんな感じ」
ふわっとした回答だな。でも姉さんらしい回答だ。
今回はその閃きのおかげで助かった。ありがとう。
「ふふふ、どういたしまして」
にんまり笑顔の広角が更に上がった。姉さんの機嫌は最高潮に高まっているな。
ところで、姉さん。聞きたい事があるんだけど。
「なになに?」
姉さんは魔法を使わずに、どうやって武闘大会の個人戦で優勝出来たの?
「えー、聞きたい?」
普段は秘密と言い張る姉さんが、今日はちょっと態度が違う。ここは押す時。
「俺はどうしてもバルバラさんと闘いたいんだ。だから、去年の話を聞かせてください」
俺は姉さんに向かって深々と頭を下げた。
「よし、わかった。じゃあ取り敢えず、料理長に夜食の準備を頼んで来るね。多分まだ帰ってないはず」
え?なんで夜食?
「話は長くなるからね。もしかしたら朝まで掛かっちゃうかも?また辛い料理作ってもらう」
スキップしながら部屋を出て行く姉さんを見ながら、俺は頭を下げた事を後悔していた。
2日連続で辛い物を食べて、俺の胃袋は大丈夫かな。




