第65話 俺は武闘大会に向けて意気込む
姉さんが用意した魔導具は魔石内部の僅かな変化を壁に映し出した。
その後、姉さんは手際良く次々と魔石を取り替えて、魔石の劣化具合を俺達に見せる。
冷凍魔導具用の魔石残り29個、冷蔵用の魔石50個、俺が新しく作った魔石12個。30分程の時間で、その全て終わらせた。
その結果、俺が排除した冷凍の魔石12個と冷蔵の魔石3個は、内部構造が変化していると証明出来た。
因みに、冷凍の12個は僅かな変化で、冷蔵の3個はそれら以上に大きな劣化が見られた。
「うん。この方法なら魔石が劣化していると素人目にも判断出来る。ゲオルグ君の判断は正しかったと言っていいだろう。しかし、目視では全く違いが分からないな。冷蔵用の魔石の方は、なんとか僅かに分かるかという感じだけど」
証明が終わり、真っ暗だった部屋に明かりが灯った後、セルゲイさんが魔石を見比べながら俺を評価してくれた。
よし。これでバルバラさんも納得する筈だ。俺はセルゲイさんの言葉を聞いて胸を撫で下ろした。
「次の問題は、どうしてこれらの魔石が劣化したか、だな。冷凍も冷蔵も、全て同時期に作られた魔導具。そうだったよな、アリー」
「そうだよ。一昨年の武闘大会前に私が全部作った」
姉さんは胸を張って自慢げに答えた。
しかし姉さんが作ったにしては言語構成が雑だったな。俺ならもっと効率良く作れるぞ。
まあドワーフ言語の方は傍に置いといて、気になる点は、この魔石が一昨年から使われているという点。そう聞けば古く感じるし、魔石が劣化してもしょうがないかなとも思うが、問題はこれらの魔導具の実動時間。
「一昨年の大会期間と去年の大会期間、合わせて12日。いくら一昨年作成とはいえ、たった12日で劣化するにしては割合が多い」
セルゲイさんも俺と同じ考えのようだ。
12日間毎日使ったとしても、そこまで急激に劣化しないだろう。その程度で劣化する魔導具なんて燃費が悪過ぎて使えない。
「冷蔵と冷凍で劣化の様子が違うのも気になる。ところでアリー、この魔石達が最初から劣化していた、という可能性は無いのか?」
「うーん」
少し逡巡した姉さんだったが、
「いや、それは無いね。特に冷蔵の3つが店頭に並んでたら絶対に買わないもん」
結局セルゲイさんの疑問を否定した。
購入時点ではおそらく問題が無かった。この2年間で劣化するような何かが有った。
いや、本当に2年間か?
「去年はこの魔石をそのまま魔導具に入れて出店者に貸し出したんですよね?去年も点検した結果、問題無かったんですよね?去年は誰が点検したんですか?」
俺は思い付いた事を矢継ぎ早に口にした。
故意で有ろうと無かろうと、去年点検した人が劣化を見逃したんじゃないか?
それとも、去年から今年の間に何かがあったのか?
「去年は確か、今の4年生じゃなかったかな。今年は委員会には居なかったはず」
セルゲイさんがあやふやな記憶を掘り起こしながら答える。
姉さんは点検しなかったの?
「ごめん、去年は色々と忙しかったから運営委員会にもあまり積極的に顔出してなくて」
ああ、そうだった。姉さんは去年の5月に入院して、魔法を使えなくなって、8月まで第一王子から逃げ回るように生活していたんだった。
あれ?
でも去年の個人戦で優勝したってバルバラさんが言ってたよね?どうやって?
「まあ『なんでも有り』だからね」
不敵に笑った姉さんに、今まで黙っていたバルバラさんが舌打ちをして反応した。
「おいセルゲイ。その4年の名前を教えろ。取っ捕まえて話を聞いて来る」
「話を聞くのは賛成だけど、取っ捕まえるのは止めてくれ」
新しい獲物を見つけて今にも飛び出しそうなバルバラさんに、セルゲイさんは溜息混じりで呆れている。
俺の点検結果が証明されて興味が俺から別の人に移ったのは良いが、俺はまだスッキリしていない。
「バルバラさん。俺の事を疑った事、謝ってもらえませんか?」
一切こちらを見ようとしないバルバラさんの目の前に回り込んで、その顔を睨み付ける。
目が合ったバルバラさんは、
「あのなあ、あたしは仕事でお前を疑ったんだ。お前への疑念は誰でも抱くものだった。その疑念が晴れたからといって、あたしが謝る必要は、まっっっったく、無い」
悪びれずに自身の主義を貫いた。
「警備隊でも誤認逮捕したらその相手に謝罪すると思うんだけど?」
その傍若無人な態度にイラッとして、俺も引かずに反論した。
「文句があるならいつでも相手になってやるぞ。なんなら今ここで始めるか」
ぼっと小気味好い破裂音を立てて、バルバラさんの右手が炎に包まれた。
その熱量を感じた肌が危険信号を脊髄へ送り、体が反射的に後方へ飛び退く。
「ふっ、良い動きするじゃねえか。流石はアリーの弟」
「バルバラ、流石に室内はダメだぞ」
セルゲイさんが俺達の間に入ると、バルバラさんは舌打ちしてその炎を霧散させた。
「まあいいや。楽しみは武闘大会の最終日に取っといてやるよ。謝って欲しけりゃ勝ち進んで、あたしを楽しませる事だな」
部屋中にバルバラさんの高笑いが木霊する。
そっちこそ、途中で姉さんに負けるなよ。絶対に頭を下げさせてやる。
帰ったら早速武闘大会に向けて準備だ。俺はそう決心して、部屋を飛び出した。




