第56話 俺は疲れた友達を労る
昼休み終了間際の時間になって魔導光芒から教室に戻って来ると、ミリーが机に突っ伏してぐったりとしていた。
「腕が痛い、太腿が痛い、背中が痛い、お腹空いた、甘い物食べたい」
大丈夫かと声を掛けると、ミリーは呪詛のようにぶつぶつと不満をぶち撒けた。
カチヤ先生の特訓はそんなに厳しかったか。大変だったな。
まあ一緒に行ったはずのアランくんは一切泣き言を言わず、背筋をピンと立てて授業開始を待っているけど。
「ううう、お腹が空いて力が出ないよぅ」
昼食食べて1時間そこらしか経過してないのに。
仕方ない。頑張ったご褒美に、甘い物を提供してやろう。特別だぞ。
「え!ほんと!?」
ガバッと勢い良く体を起こしたミリーが両手をこちらに突き出して、早くちょうだいと急かして来る。
背中も両腕も大丈夫そうだな。大袈裟に痛がりやがって。
俺はリュックサックから砂糖漬けにされた林檎が入った小瓶と硬めに焼いたクッキーが入った容器を取り出して、ミリーの手に乗せてやった。
どちらも何かあった時の為に村の倉庫で保管している保存食だ。有り難く食べろよ。
「うん!ありがとう!」
固く閉められた瓶の蓋を軽々と開けたミリーは、りんごを一切れ取り出して口に放り込んだ。
「はぁぁ。生き返るぅう」
じんわりと口に広がっていく甘味を堪能して、ミリーが顔を綻ばせる。
その顔を見てると俺も食べたくなった。一切れ頂戴。
うん。良い出来だ。
「アランも食べて。放課後はもっと厳しくするって言ってたよ。あっ、ゲオルグ。もし有るなら飲み物も」
はいはい。水で良ければ。
「やった!ありがと」
俺が倉庫から水筒を取り出している間に、ミリーは硬いクッキーを3個も口に含んでリスのようになっていた。
「よっし。元気いっぱい!これで放課後の特訓も乗り切れるよ」
元気になったミリーの手には、空っぽの瓶と容器が握られている。
ミリーが全て食べてしまった、というわけではなく、ミリーは他のクラスメイトにも配って回った。
ミリー達と同じくカチヤ先生の特訓を受ける生徒にも、そうじゃない生徒にも。
「これ、何か入れて返すね」
別にお返しなんて要らない。入れ物を返してくれる方が助かるんだけど。
またすぐに保存食を入れて倉庫に置いておきたいから。
「まあまあ、遠慮なさるな。ちょっとくらいお返ししないと」
ミリーに渡すと忘れられて返って来ないんじゃないかっていう不安も有るが。
アランくんも見てるから大丈夫かな。
なんでもいいから、なるべく早く返してよ。
「うん。お任せあれ。じゃあ私達は特訓だから!」
はい、いってらっしゃい。
明日以降も特訓は続くんだから、自分で空腹を満たす手段を用意しとけよ。
分かったと返事をしたミリーは、アランくんや他6名の生徒と一緒に教室を出て行った。和気藹々と談笑して楽しそうに。
我が10組は最大参加人数の8名で騎馬戦に挑む。
対して個人戦の方は俺1人。なんでも有り、というカチヤ先生の言葉に怖気付いて誰も立候補しなかった。
だからと言って俺を指名する事も無いだろ。参加者無しでも良かったんじゃないか?
ゲオルグ君なら絶対に勝ち進めるよと背中を押したカチヤ先生は、俺に無責任な期待を寄せ過ぎている。本当に俺が勝てると思って送り出したのか?
誰も答えてくれない独り言を吐き出した俺は深い溜息を吐いて、シードル君との約束を果たす為に教室を出た。
放課後は冷凍用の魔導具を点検した。
昼に点検した保冷用の魔導具とは色違いの魔導具で、こちらは外気をマイナス20℃まで下げる事が出来る。
こちらも魔力補充は1時間毎だが、下げる温度が低い分、保冷の魔導具と比べて冷やせる箱面積が狭くなっている。同じ大きさの魔石を使っているから、出力を上げると効果範囲が狭くなるんだな。
点検の結果、保冷の魔導具と比べてこちらの魔石は劣化した物が多く、30個中12個の魔導具を魔石交換が必要と判断した。
いつ作った魔導具だろう。シードル君や2年のドワーフ族の先輩も制作時期は知らなかった。
小さな魔石だから劣化は早いと思うが、去年の武闘大会前に作ったとしてこの劣化数は多いように思う。
単純に魔石が粗悪品だったのか、一昨年もしくは更に前に作ったのか。
うーん。何も根拠は無いけど、なんとなく気になる。もしかして武闘大会以外でも使ったのかな?
「あっ、ゲオルグ君居た居た」
12個の魔石を見つめながら首を傾げていると、俺を呼ぶ女性の声が耳に届いた。
振り向くと、レオノーラさんが教室の扉を開けていた。
「出店書類が届いたから食品管理部の緊急会議をするって。悪いけどこっち優先ね」
昨日の今日でもう出されたのか。早過ぎません?
「私もまだ見てないけど、例年出店して慣れてる人達なんじゃない?」
ああ、なるほど。それなら勝手も分かってるだろうし、納得。
俺はシードル君とドワーフ族の先輩に頭を下げて、レオノーラさんと一緒に魔導光芒を出た。




