第55話 俺は氷結魔法の魔導具を点検する
昼休み。手早く昼食を食べ終えた俺は魔導光芒が使用している教室へと向かった。
割と急いで来たが、既に教室にはシードル君を含めた道具管理部の4人が集まっていた。
シードル君以外にドワーフ族が1人、人族が2人。この3人は魔導光芒でも見かけた事が無い。完全に初見だ。
初対面の3人に挨拶と自己紹介を済ませると、
「ゲオルグ君、早速この魔導具を見てください」
シードル君が手のひらサイズの正方形の箱を差し出して来た。反対側の手には丸められた羊皮紙が握られている。
箱の色は赤みがかった茶色。材質は土?陶器か煉瓦かな?
箱を受け取ると、小さいにも関わらずずっしりとした重量を感じた。ザラザラとした肌触り的には煉瓦っぽい。
態々重い煉瓦で作ってるのは耐寒性を意識してかな。金属や木材じゃすぐにダメになりそうだし。
箱の上部には円盤上の白い突起が2つ取り付けられていて、その突起には1、2と数字が1つずつ書かれている。1番と2番を見比べると2番の方が大きく凹んでいた。
側壁には小さな穴が多数開いていて、箱の中と外気が通過可能な状態だ。
「これは冷気を噴射する氷結魔法の魔導具です。一定の大きさの箱を用意して、食材と一緒にこの魔導具を入れて保存します。箱内の温度は5℃前後を維持する予定です」
シードル君が羊皮紙に書かれた文字を読みながら説明する。
ああ、なるほど。つまりこれは保冷剤ね。
「約1時間毎に魔力を注入する必要が有ります。一定の温度に保てる箱の最大径は決まっています。天板に有るボタン操作で魔導具を起動するので言霊は必要有りません」
シードル君が右手を伸ばして、俺の手の中に有る箱の突起に人差し指を置いた。1と書かれた方だ。
「まずこちらのボタンを押し込みながら魔導具に魔力を込めます。魔力が十分に貯まると2番のボタンが出っ張ります」
シードル君が話し終わる頃には、凹んでいた2番のボタンが押される前の1番と同じ高さまで浮き上がっていた。
「魔力を消費すると1番が元の位置まで勝手に出っ張ります。で、出っ張った2番のボタンを押すと冷気が出ます。魔導具を机に置いて、ボタンの押してみてください」
シードル君の指示に従って魔導具を近くの机に乗せ、右腕を2番のボタンに伸ばす。
適度に抵抗感の有るボタンをぐっと押し込むと、即座にひんやりとした空気が右腕を取り巻いた。
音も無く一瞬にして広がる冷気。
素晴らしい出来の魔導具だと思う。保冷剤としてはちょっと重いし、1時間毎に魔力を補充するのは面倒だけど。
「今日はこの魔導具50個を点検します」
シードル君は教室の隅に置いてあった大きな箱を引っ張って来て、その箱の蓋を開けた。
内部には正方形の魔導具が綺麗に整列されて収まっている。左上隅の1箇所だけ虫食い状態になっているが、今使った魔導具がそこに入るんだな。
しかし、50個か。
軽々と運んで来たけど、そんなに有るの?
「はい。去年は20店舗に2個ずつ貸し出して、予備に10個用意しておいたそうです。今年の出店数に応じてまた新しく作るかも、だそうですが、取り敢えず今は50個です」
分かった。文句を言っても仕方ないからさっさと始めちゃおう。
俺は何をしたらいい?
「ゲオルグ君は内部の魔石を点検してください。魔石が破損してドワーフ言語が欠けていないかを見てください。魔石の交換が必要ならそれは一旦別に分けておいてください。僕と先輩は土魔法で外装のひび割れ等を修復して、点検修復した物から順にこちらの2人が起動確認をします」
既に役割分担は終わってたか。
2年の先輩達もその役割分担に異論は無いようで、特に口を挟まない。意外とシードル君にリーダーシップが有るのか?
「魔導具の裏面を開けると魔石を取り出せます。では、始めましょう」
はいはい。ちゃちゃっとやらないと昼休み終わっちゃうからね。
机の上の魔導具はまだ冷気を放出している。これは1番最後に点検だな。
俺は大きな箱の中の魔導具を1つ取り上げ、裏面の小窓を開いて、内部に固定されていた真っ黒な魔石を取り出した。
50個の魔石を短時間で調べるのは流石に疲れた。
氷結魔法発動のドワーフ言語は割と単純だったが、なにせ数が多くて目が疲れた。
点検した中で、明らかに魔石が劣化して交換した方がいい物が3個有った。
箱の中でしっかりと固定されていたから、衝撃で魔石が破損したわけじゃなさそうだ。魔力を込め過ぎたからか、超長時間休ませずに動かし続けたからか、劣化した原因はよくわからないけど他の魔石と比べて異質だった。
「ありがとうございました。その、出来れば放課後もお願いしたいんですけど」
点検と修復を終えた魔導具を箱に仕舞い終えたシードル君が言い辛そうに願い出た。
魔導具はこれだけじゃないもんな。マルセスさんが作った書類にはフライヤーや消火用の魔導具の記載もあった。まだまだ点検しなきゃいけない魔導具が残っている。
分かった。手伝うよ。俺が撒いた種だし、友達が困っている時は手を貸したいし。
そう返すと、シードル君は何度もありがとうと連呼して頭を下げて来た。
ドワーフ族の先輩もありがとうと言ってくれたが、人族の2人からは特に何も言われなかった。




