第49話 俺は食品管理部員の名前を知る
食品以外を扱う屋台の出店は可能なのか、という俺の質問を受けてマルセスさんが大会本部へ相談に行くと、
「お前面白い事考えるなぁ。さすが『アリーさんの弟』だ」
俺の背中をバシッと叩いて話しかけて来たのは、部長とは違うもう1人の5年生。
大柄な先輩は堀の深い顔をくしゃっと笑顔に変えて、豪快に笑っている。
俺はその顔に苦笑いを返した。
本人は褒めているつもりだろうが、姉さんの弟という評価はあまり好きじゃない。
まあ先輩は姉さんと同級生だから、思考の起点が姉さんになるのも仕方ない。
あと不満点がもう1つ。背中が痛い。
筋肉質で腕っ節の強そうな先輩は、警備管理部の方へ行った方が良いと思うな。
「マルセスは仕入先を気にしていたが問題無いぞ。この俺が居る限りな!」
はぁ、そうなんですか。
どんっと自分の左胸を叩いてアピールしているが、ちょっと何を言っているのか分からない。
「ん?反応が鈍いな。もしかして、俺の事を知らないのか?アリーさんから何も聞いてないのか?」
すみません、存じ上げません。
そもそも姉さんが王子以外の男子を話題に出した記憶が無い。大人の男性は有るけどね。
「ゲラルトさんは日用品や雑貨を取り扱うレッフェル商会の御子息です。レッフェル商会は王都に大きな本店が有ります」
がっくりと肩を落としている先輩に変わって、クロエさんが先輩の正体を教えてくれた。
こんな図体をして商家の出だったのか。いくつもの死線を潜り抜けて来た勇者の息子だ、と言われた方がまだ納得出来る。
「うーん。まだ家族に紹介する段階じゃないって事か。もっと頑張らないとな」
ゲラルトさんが独り言ちる。
何この人。もしかして姉さんの事が好きなわけ?
「まあな。お義兄さん、と呼んでくれていいぞ」
うん。なかなか面倒そうな人だ。あまり積極的に絡むのは止めにしよう。
「よしっ。ではこのまま自己紹介の流れにしましょう」
パンっと手を叩いて1人の女の子が口を開いた。やや赤みがかった茶髪を肩甲骨が隠れる辺りまで真っ直ぐ伸ばしている女の子だ。
「まず5年生の2人。マルセスさんはお城で働く役人の息子。計算が得意。あっ、民間出身ね。ゲラルトはレッフェル商会の愚息。計算出来ないただの筋肉馬鹿。で、私はアグネス。4年生で、フィナンツ侯爵の娘。因みにマルセスさんのお父様は父の部下。ゲラルトは父同士が友人の幼馴染で、馬鹿」
「毎年留年せずにしっかり進級してるから、そろそろ馬鹿も卒業だろ?」
「ふふ。ね?馬鹿でしょ?」
笑いながら同意を求めて来たアグネスさんに首肯で返す。
そろそろ馬鹿も卒業って言い方がもうバカっぽい。悪い人じゃなさそうだけど、筋肉馬鹿なのは間違いなさそうだ。
「じゃ、次はクロエね」
アグネスさんがクロエさんの肩に手を乗せた。
「ええっと。4年のクロエ。見ての通り獣人族で、フリーグ男爵家の、部下?」
クロエさんが可愛らしく首を傾げて、部下かどうかを俺に確認して来た。
「同居人?」
なんとなく部下って言葉にピンと来なくて、俺は思い付いた言葉をそのまま口にした。
同居人では不満だったようで、クロエさんの反応は芳しく無い。
「フリーグ男爵家を首になったらいつでも侯爵家に来ていいからね。クロエならいつでも大歓迎!」
アグネスさんが突然クロエさんに抱きつき、クロエさんの頭を撫で始めた。その手はクロエさんの可愛く尖った耳にまで達しているが、クロエさんはされるがままだ。
なんと羨ましい。俺も触りたいのに。
「ほら。下級生が驚いてるから、今は止めとけ」
ゲラルトさんが2人を引き離す。クロエさんが持て遊ばれなくなってホッとした反面、ちょっと残念がっている自分がいる。
しかし、クロエさんが頭部を自由に触らせるなんてよっぽどアグネスさんに心を許してるんだな。女性同士って事もあるだろうが、なんとも新鮮な光景だった。
そりゃ4年も通ってたら別のクラスの同級生とも仲良くなるか。
数年後、少し背の伸びたローズさんの頭をミリーが撫でている。
そんな様子が思い浮かび、俺は少し笑ってしまった。
「3年のモーリッツと言います。実家は王都で酒場を経営しています。卒業後は是非ご贔屓に」
爽やかな笑顔で宣伝して来た先輩には申し訳ないけど、俺には鷹揚亭が有る。酒を飲むなら鷹揚亭だ。エマさんを裏切るような事は、俺には出来ない。
「カトリン。3年生です。実家は東方伯領の小さな農家です。東方伯様には教育支援計画の資金援助で大変お世話になっています」
カトリンさんが俺に向かって深々と頭を下げた。俺が東方伯の孫だという情報を知っているんだろう。
でも我が家はあんまり東方伯とは関わっていないから、頭を下げる必要は無いですよ。
「アリーさんからもそう言われましたが、どうしても気持ちを伝えたくて」
カトリンさんは苦笑いを浮かべた。東方伯の名前を聞くだけで姉さんは嫌な顔をするからな。きっとその反応に驚いた経験が有るんだろう。
「2年のレオノーラです。父はヴルツェルの輸送隊で働いています」
レオノーラさんに可愛らしくウインクされた。こっちはデニス爺さんの関係者か。
「同じく2年のイルヴァ、魚人族です。王都の船着場が父の職場です」
イルヴァさんは右手を突き出し、魚人族の特徴の1つである指間の水掻きを皆に見せた。
水掻きを除けば、イルヴァさんは人族と変わりない容姿だ。もしかしたら人族とのハーフかクォーターなのかも。まあ服の下には鱗や鰭が有るのかもしれないが。
「わ、私は、エルツのアムレット商会の末娘で、ヘルミーナ、と言います。よろしくお願いします!」
慌てた様子で自己紹介した同級生の女の子はエルツ出身か。
エルツは南方伯の領都だけど、もしかしてローゼマリーさんと知り合い?
俺は大会本部の輪に加わっているローズさんを指差して聞いてみた。
「ええっと、南方伯様の御息女様でしたら、エルツで毎年新年を祝って開かれるパーティーで、父に連れられ挨拶をさせて頂いた事が有ります。最近はその、御姿を拝見していませんでしたが」
ああ。ローズさんはもう長い間エルツに行ってないだろうからな。
「じゃあ最後は弟君だな。みんなもう知ってると思うけど、一応やっとくか?」
いつの間にか元気を取り戻したゲラルトさんが急に仕切り始めた。
別に率先してやりたい訳じゃないけど、一応、は酷いんじゃないですかね?
俺の不満なんて意に介さない様子で、ゲラルトさんは笑っていた。




