第44話 俺は無慈悲なローズさんを軽蔑する
「その勝算、聞いても大丈夫?」
「ええ、構いません」
カチヤ先生は首席になる勝算が有るというローズさんの発言に興味を示した。
先生だけじゃなく、ミリーとシードル君も興味津々だ。しかしマリーは落ち込んだ表情で項垂れている。
「今年の首席はバンブー第二王子を押し退けて男爵家子女のアリーさんになり、貴族が王家に勝った前例が出来ます」
「ゲオルグ君のお姉さんね」
カチヤ先生が俺に向かって優しく微笑んだ。
「アリーさんのこれまでの成績、活動歴、教師からの人気、どれを取っても第二王子を上回っています。対して第二王子は成績も素行も悪い。いくら王族とはいえ、第二王子を推す教師は僅かな筈です」
「よく調べていますね。第二王子は去年首席で卒業した第一王子と比べられ、どうしても厳しい評価を受けてしまう。それに比べてアレクサンドラさんは、その魔法知識で多くの教師を惹きつけていて人気が有る。アレクサンドラさんが退学しない限り、首席の座は硬いでしょう」
姉さんが高評価を受けるのは単純に嬉しい。しかし、姉さんも他の生徒と比べたら素行が悪い。入学式で好き勝手してトマス先生から逃げ回ったのはみんな知っている。
更に、今はまだ魔法が使えないから、今季の成績は落ちるかもしれない。
だから俺は、エマさんが首席最有力候補に躍り出る可能性が有ると思った。確か、これまでの筆記試験の成績はエマさんの方が上だと姉さんが言っていた筈だ。
まあどちらにしろ第二王子の出番が無いのは同意見だな。
しかし、ローズさんはいったいどうやってそういう知識を身につけたんだろう。自信満々に知識を披露しているが、10歳の女の子が1人で考えたとは思えない。
村によく来てローズさんと顔見知りになっている魔法学のライナー先生か植物学のパスカル先生あたりが教えたんだろうか?
2人は10組の授業を担当していなくて会う機会が無かったけど、今度こちらから2人に会いに行ってみようかな。
「勝算は後2つ有ります」
ローズさんが話を続ける。おっと、考え込んでいる暇は無い。
「入学以来、プフラオメは取り巻きの女子への対応に追われて少し疲れています。夏休み前の期末試験あたりではもっと疲弊している可能性が有り、試験で本来の力を出し切れないと推測します」
ああ、あの王子親衛隊四人衆の事か。今日初めて会ったけど、あの人達は酷かった。連れて歩く王子の品性を疑いたくなるくらいに。
「それは1つ目と比べて、随分と勝手な希望的観測ね」
カチヤ先生の指摘を受けても、ローズさんは表情を崩さない。
「ここ1ヶ月、取り巻き達の行動を観察しました。あの子達はヴォルデマー先生の眼から隠れながら、取り巻き以外の生徒を王子には近づかせないようにと協力しつつも、お互いが常に牽制し合ってギスギスとした雰囲気を作っている。王子に好かれる事を第1に考えつつも、同じ取り巻きを蹴落とそうと王子に讒言する。子供っぽい彼女達の独占欲が、クラスメイトの仲を取り持とう苦呂する王子の心を蝕んでいます。いずれ王子は、その外圧に耐えられなくなる」
「それを聞いた私がヴォルデマー先生に伝えて、取り巻き達を追い払わせる可能性は?」
「遠ざけたところでまた別の取り巻きが生まれて、同じような状況になるだけでしょう。王子は2人の兄と違って、近寄って来る人物を選別出来るような厳しい人ではないので」
「なるほどね」
カチヤ先生は面白がって笑っているが、俺は少し不満だ。
さっき会った時はそれほど疲れている様子は無かったが、友人のプフラオメが苦しんでいるのなら看過出来ない。なんとか体調が悪くなる前に助けてあげたいが、こういうのは一緒に居る時間が長いクラスメイトじゃないとダメだ。
ローズさん、お願い出来ない?
「プフラオメが首席を辞退すると言うのなら助けるけど、そうじゃないなら放っておくわ」
なんだよそれ。真面目に競い合ったら勝つ見込みがないからって見捨てるのか?
友達だろ、助けてやれよ。
「プフラオメには魔法関係の授業で負ける可能性が僅かに有る。私は負ける確率を減らす為には手段を選ばない。絶対に首席になって、あの男を見返してやるんだから」
あの男。自分を捨てた南方伯の事か。
ローズさんの気持ちも分かるが、友人を蹴落としてでも目指す必要が有るのか?
「ふぅ。話は平行線だからこの話は終わり。勝算が有ると言った最後の理由。それは、ヴォルデマー先生が担任だからです」
俺の相手を止めてカチヤ先生に向き直ったローズさんは、俺にとっては意外な人物の名を口にした。
しかしカチヤ先生は意外には思わなかったようで、無言で話の続きをするように促す。
「ヴォルデマー先生は不正を大変嫌う方です。その厳しさを時に他人を傷付けてしまう鋭い矛となりますが、私に取っては不正から身を護ってくれる強靭な盾です。ヴォルデマー先生が1組の担任である限り試験結果改竄等の不正は起こり得ない、と私は確信しています。そして不正が無いのであれば、私は実力で筆記試験の1位を取る自信が有ります」
「ふふふ。そこまで信じられると、身内として誇らしいわね」
カチヤ先生は今日1番の笑顔を見せ、嬉しそうに体を揺らしている。
そこまで自信が有るのに、プフラオメは助けないんだな。助けた上で、勝って見せろよ。
俺の言葉に、ローズさんは態とらしく舌打ちをして反応した。
「目的の為には手段を選ばないって言ったでしょうが。私は私の未来の為に、王子の窮状には目を瞑る。不満が有るのならあんたが助けなさいよ」
ふーん。自分の利益の為に他者を切り捨てるって?それはローズさんが南方伯にやられた事だろ?
結局のところ、似た者親子って事だな。
「私が直接手を下すわけじゃない。あのバカと一緒にしないで」
見て見ぬふりも一緒だろ。ヴォルデマー先生が嫌う不正と同類だよ。だいたいローズさんだってプフラオメの友達で。
「まあまあまあ」
額に青筋を立てて俺を睨みつけて来るローズさんの視界に、カチヤ先生が割って入った。
「その件は担任の先生に任せましょう。ねっ、お祖父様」
あっ。
ローズさんと睨み合っていて気が付かなかったが、いつの間にかヴォルデマー先生が戻って来ていた。もう30分経ったのか。
「残り5分だ。ローゼマリー君、マルグリット君。授業を受ける気が有るのなら、時間までに教室に入りなさい」
必要以上の言葉を発さず、ヴォルデマー先生は先に教室に入って扉を閉めた。
先生は俺達の話をどこまで聞いていたんだろうか。聞いていたのならプフラオメをなんとかしてあげて欲しい。
あの仏頂面からは何も感じ取れなかったが、
「まあ大丈夫でしょ。お祖父様もゲオルグ君と一緒で、見て見ぬふりは出来ない人だから」
クスクスと笑いながら、カチヤ先生はお祖父様ならなんとかすると太鼓判を押してくれた。




