第42話 俺は孫の活躍を応援する
廊下で対峙するカチヤ先生とヴォルデマー先生。
先に動き出したのは柔かな笑顔を崩さないカチヤ先生だった。
「ヴォルデマー先生。ゲオルグ君は私の大切な生徒です。先生1人の勝手な思惑で退学手続きを進める事は出来ませんよ」
「彼は私の授業を邪魔するどころか侮辱する内容の発言まで行った。品位のかけらも無い生徒は学校には不要な存在だと他の先生方も理解してくださる。カチヤ先生1人が護ろうとしたところで、護りきれんよ」
「授業に戻ろうとする先生を引き留めたのは廊下に立たされていた友人を心配したから。侮辱発言を行ったのは先生がまともに話を聞こうとしなかったから。ヴォルデマー先生に全く落ち度が無かったと言い切れますか?」
「ああ、言い切れる」
強い。自分は間違っていないとの信念からか、ヴォルデマー先生の一言が力強い。
カチヤ先生頑張って。怯まず攻めて。負けないで。
というか、もしかしてカチヤ先生は随分前から廊下の角に潜んでました?
「うーん。では、今ここでゲオルグ君が真摯に謝罪したら、先程の事は水に流していただけませんか?これは教師としてではなく可愛い孫からのお願いです」
「ふむ。ではこ「はい!ゲオルグ君謝罪!90度の礼で!」やらなくも」
ヴォルデマー先生の言葉を遮ったカチヤ先生の指示に従う為に、俺はマリーの腕を握ったままヴォルデマー先生を追い越してカチヤ先生の隣に立ち、
「先程は大変失礼な態度及び言葉を使ってしまい、大変失礼いたしました。心よりお詫び申し上げますです」
腰を90度に折り曲げ、間に入ってくれた先生の顔を潰さないように精一杯謝罪した。隣に立つマリーも同時に頭を下げたのが腕越しに伝わって来る。
大変失礼と2回言っちゃったし最後の「です」は要らなかったような気もするが、慣れない言葉を使うと間違えることもあるよね。
「ふふ。こうやって真面目に、ふふ、謝罪していますから。ふふふ」
こっちが真面目に謝罪してるのに、何笑ってんだよカチヤ先生。
ところで、謝罪の時って相手が許してくれるまで顔を上げちゃいけないのかな。
「分かった。その子への今後の処置はカチヤに任せる」
お、ヴォルデマー先生の態度が軟化した。可愛い孫の力って凄い。
「ただし、マルグリット君は私の生徒だから口出ししないでもらおう。私のクラスに不協和音を奏でる生徒は必要無い。その生徒にどう対処しようが私の勝手だな」
マリーの手がぶるっと震えた。
頭を下げていて確認出来ないが、マリーの表情が曇っている事は容易に想像出来る。
「そうですね。マルグリットさんは1組を出た方が良いかもしれません」
ちょっとカチヤ先生。なんで退学に同意してるんだよ。マリーの事も助けてよ。
俺は黙って頭を下げたままマリーの震える手を強く握った。
「初めて習う帝王学の授業に付いて行けず、頼りたいクラスメイトからは酷い虐めを受ける。マルグリットさんの精神が病んでしまう前に、我が10組への編入手続きを急ぎましょう」
ん?編入手続き?退学じゃなくて?
編入という耳慣れない言葉を聞いて顔を上げると、笑顔のカチヤ先生と目が合った。
「才能有る生徒が新しい環境に馴染めず、外圧に押し潰されてしまう事はよく有ります。特に平民が貴族の集団に入ると、ね。そうなる前に対処する手立ての1つがクラス間の編入です。虐めには対抗せずに逃げるのが1番です」
「虐め。そのような姑息な手段は私が1番嫌うものだ、とカチヤは理解している筈だが?」
それまで無感情を貫いていたヴォルデマー先生が、僅かに声を荒らげて反論した。
「残念ながら先程廊下で、『クソ平民追い出し計画は順調だな。くっくっく。ヴォルデマーが見て見ぬふりをしてくれるおかげで仕事がしやすくて助かるぜ、はぁーっはっはっは』って高笑いしてる子とすれ違いましたが?」
「そんなに分かりやすく悪事を暴露するような愚か者は私の生徒では無い!」
それに関しては俺もヴォルデマー先生の意見に賛成する。放課後とはいえまだ人目のある学内でそんな高笑いする奴は居ないだろ。もし居たとしたら、そいつはただのバカだ。
「ですが、マルグリットさんが環境に馴染めていないのは、お祖父様の目にも明らかですよね?」
ヴォルデマー先生は答えない。再びお祖父様とは呼ばれたから臍を曲げた、わけじゃないよね?
「私のクラスにはゲオルグ君も居ますし、平民出身の生徒も多い。マルグリットさんが編入するにはとても良い環境だと思います。また生徒が潰れる前に手を打たないと」
そうなれば俺も安心出来る。10組なら帝王学の勉強に追われる必要も無いから、入学前のように好きな事をする時間も増える。
編入。とても良い提案だと思う。
でも、1ヶ月以上ほぼ毎日頑張って来たマリーの努力が無に帰すのは、ちょっと勿体無い気もしている。
ヴォルデマー先生は黙ってカチヤ先生を見下ろしている。先程声を荒らげた時とは違って、その表情からは何も感じ取れない。
「あのぅ、ヴォルデマー先生。授業再開はいつ頃に」
数秒の沈黙の後、1組の教室から扉を開けて出て来た女子が、この場の重い雰囲気に戸惑いながらヴォルデマー先生の背中に向かって質問した。
ローズさんだ。
そういえばさっき教室から出て来た生徒達の中にローズさんの姿は無かった。1人教室に残って、マリーと一緒に授業を受けるつもりだったのかな?
「あ、カチヤ先生。こんにちは」
「こんにちは、ローゼマリーさん。またいつでも厩舎に遊びに来てね。なんだったらローゼマリーさんも一緒に10組に来る?」
戸惑いながらも笑顔を作って目上の人間への挨拶を優先したローズさんに、カチヤ先生が柔和な笑みで応じた。
勧誘の意味をいまいち把握出来ていないローズさんに、胸元から取り出した懐中時計を確認したヴォルデマー先生は、
「30分後に授業を再開する」
と端的に告げ、俺達3人を通り過ぎて廊下の角を曲がって行った。
ヴォルデマー先生が曲がった角からは、未だにミリーとシードル君が顔を出していた。




