第1話 俺は出産を経験する
暗くて、狭くて、でも暖かい場所だな。
マギー様が居た場所から吸い込まれて、到着した場所の感想。
ここはどうだろう。
俺は本当に、人間に生まれ変わったのかな。
目が開かないから周囲の状況は分からないが、瞼越しにも光の有る無しは分かる。今、光は無い。
何も聞こえない、何も臭わない。暖かいお風呂に浸かっているような触感だけが存在する世界。
体も思うように動かせない。
だけど、死ぬ間際の状態よりはマシだな。あの頃は手足が全く反応しなかったけど、今はほんのちょっとだけ動く。指先が動いているのが分かる。
多分今は胎児なんだ。母親のお腹の中に居る。
もうちょっと出産について勉強しておけばよかった。
まさか卵の中ってことは無いよね?卵生だったりする?まさかね。
うん、暇だ。やることがない。
やることがないと、変なことばかり考えてしまう。
考えるのも止めて、状況が変わるまで一眠りするとしよう。
があっ、頭が痛い。潰される。
周囲から圧迫られて押し出されるような感覚。
まさか、これが出産か?痛すぎるだろ、頭が割れそうだ。母さん、もうちょっと力を抜いてくれ、通れないよ。
出産は命がけ、なんて聞いたことあるけど、赤子の方も大変だぞ。産まれた直後の身体に移動させてくれればよかったのに。
いたいいたい。まだか、ちょっとずつ前進している感覚はあるけど。母さん頑張って、俺も頑張るから。
もうちょっと。
あと少し。
抜けたああ。頭抜けたああ。
頭が抜けたら、体はするっと通過した。これでもう大丈夫だな。
まだ目が開かないけど、瞼越しに光を感じられる。ようやく異世界に降り立ったんだ。
誰かに持ち上げられたのが分かる。背中をさすってくれてありがとう。気持ちいいです。
え、なんか息苦しくない?母さんのお腹の中に居た時は感じなかった苦しさを感じる。
呼吸をしようとしても上手く出来ない。胸で何かつっかえてるのか?
わっ、痛い。びっくりした、背中を叩かないでよ。
バシバシ来る。痛いって。これは、胸の何かを出せって合図か?でもどうやって。
はっ、出ない。何かを吐き出す感じで、ああっ、ダメだ。
もっとお腹に力を入れて、それっ。
「ああああああ」
あ、なんか出た。なんか出て、スッキリ。呼吸も楽になった。すぅはぁ、すぅはぁ。うん、空気が美味い。
背中を叩くのも止まってる。正解だったみたい。あれ?窒息する時って魔法発動するのかな?今度聞こう。
「Welcome to this world 」
え?
何か言われた?
聞き取れなかった。もう一度言って。
ダメだ。聞き取れない。多分、今俺を抱いている人が、何かを喋っているような音が聞こえるけど、分からない。この世界の言語を知らないからか、それともまだ耳が発達してないのか?
目も開かないし周囲の状況が全くわからない。なんて言われたんだろう。地球の言葉っぽかったんだけどなぁ。気のせいかな。
あ、暖かい。なんだろう、お風呂かな。気持ちいい。
お風呂から上がって、水分を拭き取ってもらってる、と思う。ちょっと硬い布が当たってる感覚。もっとふわふわの、柔らかいタオル生地はないのか。
拭き終わったら別の布に包まれて、誰かに手渡された。あなたは、母さんですね。なんとなく分かるよ。
出産お疲れ様でした。俺も頑張ったけど、無事に産んでくれてありがとうございます。
母さんに抱かれてホッとしてる。それにしても疲れた。赤子の身体って疲れるんだな。出産と呼吸の確保で、もうヘトヘトだ。
なんだか眠くなってきたよ。
寝て大丈夫だよね?そのまま死なないよね?大丈夫だよねパトラッシュ?
あれ?そういえば、出産時に頭が痛かったけど、魔法発動してたのかな。まあ病気じゃないしな。痛みって、緩和されないのか?
産まれて早々、神さまに聞かなきゃいけないことが出てきたぞ。
痛覚と窒息。忘れないようにしないと。
よし寝るぞ。大丈夫だと信じよう。母さん、おやすみなさい。