第22話 俺はミリーとどんな魔導具を作るか決める
現在のミリーの実力を目の当たりにして、これからミリーにどう指導して行けば良いのかと悩む俺に、
「ねえねえ。これ、もう魔石に刻んでも大丈夫かな?」
シードル君とのペン字講座を切り上げたミリーが、いつも以上に陽気な笑顔で尋ねて来た。字の綺麗さを褒められた事がよっぽど嬉しかったんだろう。その眩しい笑顔を曇らせたくなくて、全然ダメだという現実を俺は打ち明ける事が出来ないでいる。
「ところで、この5列の文章はどういう意図のドワーフ言語なんですか?どういう魔法を産み出したいのか、まだまだ未熟な僕にはちょっと文章を読み取れなくて」
腕組みしながら黙り込んでいた俺に変わって、シードル君が疑問を口にした。
ああ、それは俺も聞いておきたい。文字の意味、単語の意味は理解出来るが、文章の意味は不明なところが多い。
何を思ってミリーがこれを書いたのか、それを知る事はミリーを理解する上で大事な事だ。
良くぞ聞いてくれました、とミリーは胸を張ってシードル君の疑問に応える。
「まず1列目はね。『神様お願いします。私の大事な従弟を御守りください』って書いてるの」
なるほど、そういう意味か。まさかいきなり神様へのお願いから入るとは思っていなかったから、理解出来なかった。
でも、魔石に刻むドワーフ言語に神様へのお願いは要らないんだぞ。それ、教えてなかったっけ?
「2列目から4列目にかけては、『従弟の願いに応じて以下の魔法を発動してください。乗り手の荷重を軽減して。風を後方に噴射して。火球を前方に発射して。左右に金属の刃を生み出して。真上に氷の礫を打ち上げて。お腹が空いたら食べ物を出して。喉が渇いたら水を蓄えて。寒くなったら暖めて。雨が降って来たら乾かして。眠くなったら子守唄を歌って』って書いてある」
そうか、数種の魔法の連続だったんだな。漸く理解出来た。俺はこれが1つの魔法を生み出すドワーフ言語だと勝手に思い込んでいたから理解出来なかったんだ。なるほどなるほど。
でも、いくら簡単な魔法が多いとはいえ、これだけの種類の魔法をきちんと発動させる為には相当大きな魔石が無いと無理だぞ。鞍に設置出来るような大きさの魔石では到底無理だ。
「それで最後の5列目は、『願いを叶えていただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いします』だね」
最後も神様へのお手紙か。それも要らないんだよなぁ。
「なるほど、ありがとうございます。参考になりました」
納得しないでシードル君。参考にしちゃダメだから。小さな魔石に言語を刻む時には無駄な言葉を入れ込む余裕は無いんだからね。
「ところで、食べ物を出すとか、魔法で出来るんですか?」
「ん?んー。出来るの?」
シードル君が疑問に思うのは分かるけど、ミリーまでそれかよ。どうやって食べ物を出すつもりだったんだよ。
「こう、絵本に書かれてあるみたいに、ぽんっと。出来ないの?」
出来ません。
いや、アイテムボックスを利用して調理済みの料理を取り出すとかは出来るけど。アイテムボックスはそう簡単に作れないからな。
現実的な方法で食べ物を出すとしたら、持参した種を草木魔法で育てて、育った植物を食べるくらいかね。
「そっか。じゃあアランは苺が大好きだから、苺の種を鞍に仕込んでおけば良いんだね」
まあそうなんだけど。鞍全体が苺の蔓に侵食されて大変な事になりそうだ。
「よーし。気合入って来たー!必ず完成させるぞ。えい、えい、おー!」
「おー!」
ミリーとシードル君が揃って天井に向かって拳を突き上げる。
室内にいる先輩達の生暖かい視線が居心地悪い。
ミリーがドワーフ言語について説明する声は部屋中に伝わっている。先輩達ならミリーの考える構想が無茶苦茶だと理解出来るだろう。頑張れよと激励するわけでもなく、諦めろと諭すわけでもない。黙って見守るその視線が、俺には居心地悪かった。
「えっ、神様へのお願いは要らないの?でも、私は魔法を使う時はいつもお願いしてるよ。昔読んだ絵本に書いてあったから、小さい頃からそうしてるんだけど」
まずは1列目と5列目のドワーフ言語を削ろうと提案すると、ミリーに驚かれた。
ただの気まぐれで神様への言葉を入れたんじゃなくて、ミリーの中では普段通りの事らしい。
「お願いする前までは蝋燭に灯るような小さな炎しか出せなかったんだけど、お願いするようになってからは火力が上がったの。効果は絶対に有るよ」
うーん。
神様にお願いする時間を設けた事で、気持ちが落ち着いて魔法に集中する時間が出来た、とか、そういう利点が生まれたんだろうか。まさかマギー様が毎回願いを叶えている訳無いしな。
「だから絶対入れたいの。お願い!」
そんなに頭を下げられたら否とは言い辛い。
ならせめて、もうちょっと文章を短くしよう。長過ぎるとミリーも書き間違えちゃうし、短く単純な形に作り替える努力をしよう。
「うん、ありがとう。覚えられるように、がんばる!」
はいはい、あんまり信用してないけど、頑張って覚えてね。
さて、次は魔法をどうするか、だけど。
ミリーと侃侃諤諤の議論を行なった結果、10種入れ込んであった魔法を3種にまで絞り込む事が出来た。
乗り手の荷重を軽減する。前方に向かって火球を放つ。苺を育てる。この3種。
正直荷重軽減だけにしたかったが、ミリーがどうしても譲らなかった。
特に苺の栽培。馬上でやる事かと思うが、アランの大好物なんだとミリーは頑固だった。
火球の方は完全にミリーの趣味だけど。
まあ子守唄を歌うよりはマシか。これだけはどうやってやれば良いのか俺も分からなかった。
笛を用意し、魔法で風を操って音を鳴らす事は可能だろうが、歌声は流石に無理だろう。笛の音階を大量に用意したら、声っぽく聞こえるんだろうか。
「じゃあこれを元にもう一度改良して来るね。今夜も遅くまでがんばるぞ!」
やる事が決まって嬉しいのか、ミリーは腕まくりまでして気合十分だ。
そんなミリーの様子を、まだどんな槍を作るか決めかねているシードル君が羨ましそうに見つめていた。




