第31話 俺は農業の難しさを想う
姉さんの魔法実演後、畑の上での反省会はしばらく続いたが、本格的に暗くなってきたのでお開きとなった。
町に戻り、みんなで温泉に入って温まる。
今日はマチューさんも一緒だ。土壌の改良についてちょっと質問してみるか。
「この辺りの主力産業は林業と狩猟だったよな。山で木を伐り動物や山菜を採り、それを売る。畑は町で食べる野菜を育てる程度。住民が食べる麦の多くは中流の街から買ってるようだな。なんで麦をもっと育てないんだ?」
俺が質問する前に領地の現状をぽつぽつと語り、父さんに問いかけた。午前中にでも調べたのかな。
土壌とはあまり関係なさそうな話だけど、確かになんで麦を育てないんだろう。芋は作ってたよね。
「畑で何を作るかは個人に任せてあるからよく分からない。前の領主のころからそういう物流なんじゃないかな」
なるほど。マチューさんの言う中流の街ってことは前の伯爵が領都にしていた街だろう。あの辺りは盆地になっていて、街の遠くまで平地が広がっていた。そこで麦を大量に作って領内の各町に分配していたのかな。
それにしてもよく分からないってどうなの?
新米領主と言っても陞爵したのは姉さんが生まれる前だから、もう8年目じゃないか。
「昔はそれで良かったんだろうが、自領を発展させようと思うなら止めた方がいいな。近くの領主に従属するっていうならいいんだが」
「麦を作った方が良いとは思っている。ただ、普段こっちに居ないからあまり領主として強く言いづらいんだ。だから何か特産物をと相談しているんだよ」
どうしたらいいか分からないから放置しているんじゃなくて、住民に対して遠慮しているってことか。
1年くらいグリューンで暮らせば、って言ったらどんな顔をするかな。
「今の畑じゃ売れる作物は作れない。とりあえず住民を説得して麦を作れ。食べる為だけじゃないぞ。麦藁が大事なんだ。藁を畑にすき込むだけでも土地の栄養が増える。まあすぐには育たないから、どこからか麦藁を買ってくるんだな」
へぇ、麦藁帽子か藁葺屋根くらいしか利用法を知らなかった。藁が肥料になるんだね。
「藁か。確か家畜の餌として保存してるはずだから、ヴルツェルの実家に頼めば安く売ってくれるかな」
「土中の虫なんかも重要だから、藁だけあればいいって話では無いけどな。ヴルツェルまで行かなくても東方伯に頼めば、近隣の領主から買うより安く売ってくれるだろ?」
「東方伯よりは実家の方が頼みやすいと最近学んだんだ」
「まあ、誰に助けてもらうかは好きにしたらいい。でも男爵が不祥事を起こして領地を取り上げられなきゃ、アリーかゲオルグが継ぐんだ。自分の孫の領地になるんだから東方伯も喜んで協力すると思うけどな」
「キュステを出る時に東方伯の側近からもそう言われた。でも頼みづらいんだよ」
そうなんだ。そういう雰囲気なら帰る時にキュステへ寄って、爺さんにゴマをすっておくか。
「どこで買ってもいいけど、藁と一緒に堆肥も買った方がいいぞ。それから畑を休ませるなら何もせず放置しないで、緑肥を育てたらどうだ?」
堆肥は家畜の糞を利用するんだよな。この辺りは畜産もしてないみたいだからそれも作れないのか。
緑肥ってなんだろう。育てるってことは何かの植物が肥料になるってこと?
「何を育てたらいいんだ?」
「小麦の場合は夏前の収穫後から秋の種蒔きまでの間に、マメ科の植物を植えるのがオススメだ。野菜の畑なら栽培時期に合わせて燕麦やヒマワリなんかも利用できるぞ」
マメ科。そういえばこの国ってあまり豆を食べないよね。
「はい。その緑肥の時に大豆を育てることって出来ますか?」
会話を止めて考え出した父さんに代わって、俺が大豆について質問する。
「育てることは出来るが、うまく調節しないと大豆の収穫と小麦の種蒔きが被ってしまうから難しい。それにこの国の住人は豆をあまり食べない。僕はひよこ豆が好きだからキュステで作っているけど、芋が食べられるようになって栽培数は減っていった。緑肥に使ったマメ科の植物はそのまま畑にすき込むか、家畜の飼料にすることが多いな」
「大豆は手に入るんですか?」
「キュステに帰れば手に入るが、大豆はあまり売れないよ。ひよこ豆だったら僕が買い取るけど」
「緑の莢の状態で収穫して食べると美味しいんですよ。大豆まで育てずに収穫するから、小麦の種蒔きには充分間に合うと思います」
「ほう、よくその食べ方を知っていたな。だが来年の種蒔き用に一部は大豆まで育てないといけない。その辺の調節をするためにも、畑を纏めて管理出来るようになるといいんだが」
父さんにチクっと一言付け加えたマチューさんも枝豆は知っていたか。塩茹でするだけで美味しいんだから、豆が人気無くても絶対流行ると思うけどな。
「なにそれ、美味しいの?」
父さんが枝豆に反応した。
美味しいよ。お酒が好きな父さんは絶対気に入るよ。
ぜひ枝豆を栽培してほしい。そしてゆくゆくは大豆製品に手を出したい。




