第5話 俺はエマさんの手料理を食べる
姉さんと第二王子が教師によって会場から追い出された後、漸く新入生歓迎パーティーが始まった。
美味しそうな料理の数々を目の前にしてずっと待たされていた新入生達は、我先にと料理に手を伸ばす。
俺もエマさんの手料理を確保しに行きたいが、バーゲンセール品を奪い合うおばちゃんの群れに飛び込む様な状況に、二の足を踏んでいる。
まあ料理が無くなったらすぐに補充するってエマさんが言ってたし、ちょっと人混みが落ち着くまで待とう。
俺と同様に様子を伺っている人間も少なくはなく、その子達は皆豪華に着飾っている。その服装から察するに貴族の家出身、もしくは繁盛している商会の子だろうか。料理如きでは心を乱されない程の、余裕が有る暮らしをしているんだろうな。
同じ貴族家出身のミリーは、アランの分も取って来るねと言い残して、1人で群れに突っ込んで行ったけど。
逞しいというか、頼りになるというか。
折角可愛いドレスを着ているんだから、料理を溢して汚さない様に気をつけて欲しいね。
「あっ、ゲオルグいたいた」
料理に向かって大移動する人達とは逆行する形で、ローズさんと、ローズさんに手を引かれたマリー、そしてプフラオメ王子がこちらにやって来た。
あれ?
マリー、その格好どうしたの?
「私は嫌だって言ったんですけど、クラス担任がしつこくて」
顰めっ面をしながら心底嫌そうに話すマリーの衣装は、黒のスーツから薄桃色のドレスに様変わりしていた。
煌びやかな装飾品が首元を華やかにしているし、朝は真っ直ぐだった長い黒髪が今はうねうねと波打ってなんだか豪華な感じになってる。
「なんですか、その眼は」
思わずじっとマリーの姿を見ちゃったけど、他人を射殺す様な鋭い視線を発しているマリーに、目付きが悪いとは言われたくない。
「感想は?」
逃さない様にとマリーと腕を組んで離さないローズさんからのご質問。
うーん。
「可愛いわよね!」「僕も、似合っていると思います」
俺が逡巡した間を埋めようとローズさんが動き、王子が気恥ずかしそうに賛同した。
うん。普段見慣れないロングスカート姿に驚いたけど、悪くないんじゃない?
俺は桃色より黄色のドレスの方がマリーには似合うと思うけど。鮮やかな黄色じゃなくて薄黄色、もしくは少し赤が入った黄色。黒髪と黄色って相性良いよね。
「もう、折角着替えたんだから、素直に褒めなさいよ」
マリー以上に怖い目で睨んで来たローズさんに、頭を下げる。素直になれなくて申し訳ない。
「謝る時だけは素直なんだから」
ところで、なんで嫌がるマリーを態々着替えさせたの?
「食事がひと段落したら始まるダンスパーティーに参加する為よ。さっき司会の人も言ってたけど、聞いてなかった?」
ざわざわと料理に向かって動き出した新入生達の喧騒で、司会者の声は全く聞こえなかった。
「それで、私達のクラスはダンスには絶対参加なんだって。魔力検査学年2位のマリーがスーツ姿でダンスをする訳には!って先生が急遽ドレスを用意してくれたのよ」
「ダンスなんてやった事ないのに」
「大丈夫、僕が上手くリードやるから」
ぶすっと不貞腐れるマリーに、王子が優しく右手を差し出す。
ダンスなんて俺もやった事ない。どうしよう?
「どうしようって、一緒に踊ってくれる相手いるの?」
ええっと、マリーの相手は王子みたいだから、ローズさん、お願いします。
「残念、私ももう相手は決まってるの」
なんだよ。ミリーも多分アランくんと踊るだろうし、俺は1人か。
「踊れない人は無理に参加せず、大人しく見学していれば良いんですよ。なので私もゲオルグ様と一緒に」
「だーめ」
ローズさんがグッとマリーの腕を引っ張り、逃さないぞと体を寄せる。
マリーが本気を出せば逃げ出せるだろうけどね。でも強引に振り解かないあたり、マリーも満更でもないのかもしれない。
踊り方が分からなくてぶっつけ本番になるのが嫌なら、どこか部屋を借りて練習したら?
「ああ、それは良いですね。早速先生と交渉して来ます」
楽しそうに駆け出して行ったけど、王子自ら交渉に乗り出すのか。お付きの人は居ないのかな?
「もうっ、余計な事を」
はっはっは。ごめんねマリー。でも、王子の相手なんて光栄じゃないか。
そう恐い顔をせず、笑って、いってらっしゃい。
短い時間だったけど練習が功を奏した様で、マリーのダンスは他の女の子達と比べても見劣りはしなかった。
ローズさんが上手いのは想像通りだったけど、ミリーとアランくんのペアが華麗に踊っているのは意外だった。別にダンスに詳しい評論家って訳じゃないけど、ミリー達の踊りが素晴らしい事は伝わって来た。
因みに俺は誰とも踊る事無く、会場の片隅でエマさんの料理を食べながら、ダンスパーティーを見学していた。




