第1話 俺は新しい友達を得る
4月1日。朝食を食べ終わった姉さんが、
「じゃ、私達は先に行くね。新入生の諸君はごゆっくり!」
と言って麻の帽子をクルッと被り、駆け足で家を出て行った。
姉さんは今日が楽しみで仕方なかったようで、一昨日からずっとニヤニヤソワソワしていた。何かを企んでいるのは明らかだが、流石に聞いても教えてくれなかった。
変な事を企んでいなきゃいいんだけど。
「ゲオルグ様、ぼーっとしていないで早く着替えてください。そろそろ、ペトラさんのお孫さん達が来る時間ですよ」
おお、もうそんな時間か。
お隣に住むペトラさんのお孫さん、従姉弟のミリヤムちゃんとアランくん。
ええっと、ペトラさんの息子であるザイデ伯爵の娘さんがミリヤムちゃんで、ペトラさんの娘であるファーザー商会長夫人の息子がアランくん。
ミリヤム・ザイデとアラン・ファーザー。うん、ちゃんと覚えてる。
「昨日挨拶に来てくれたばかりなんですから、忘れたら只の馬鹿ですよ」
忘れてないから馬鹿じゃないって事ね。どうもありがとう。
マリーに急かされて、ちょっと窮屈な正装に着替えた。
今日は入学式の後、帰宅せずにそのまま新入生歓迎パーティーに参加する予定だから、正装で出る事になっている。普段から襟付きのシャツや硬い生地の上着を愛用しない俺は、首元や脇が窮屈で違和感半端ない。
ネクタイ、出来れば遠慮したいんだが。
「ちょっとの間だけなんですから、我慢してください」
これから通う学校には制服が無く、服装自由なのが救いだな。通っている間ずっとネクタイ有りの制服だったら、俺は不登校になってしまうかもしれない。
ところで、マリーはなんでドレスじゃないの?
入学式の時の姉さんは、ドレスで着飾っていたよね?
「私はゲオルグ様の従者ですからね。派手なドレスは必要無いのです。それに、ゲオルグ様とお揃いのスーツも悪くないでしょ?」
うん。ちょっとタイト目の黒いスーツがよく似合ってるよ。ビシッと決まってて、かっこいいね。
「ありがとうございます」
満面の笑みで、嬉しそうに。
まあマリーが喜んでいるのならそれで良いか。ドレスばかりの女性陣の中では、逆に目立つかもしれないしな。
「おはようございます!今日からよろしくお願いします!」
集合予定時間より10分程早く屋敷にやって来た深緑色のドレスを着た女の子から、元気な挨拶が飛んで来た。膝丈スカートのドレスを選ぶあたりに、活発な性格が現れている気がする。
女の子の隣ではスーツ姿の背の低い男の子が、無言でペコリと頭を下げている。ドレスに合わせた深緑のスーツと、蝶ネクタイ。馬鹿にしている訳じゃないんだけど、俺では選ばないセンスだ。
「ほら、これからお世話になるんだから、アランも挨拶しなさい」
ミリヤムちゃんにせっつかれて、アランくんもよろしくお願いしますと小さな声を出した。
「ゲオルグ様すみません。アランは昔から気が小さくて、知らない人が集まる学校に緊張しているんです」
うーん。従姉弟というより、母と息子のようだ。保護者感が強くて、そう錯覚する。
ところでミリヤムさん。昨日も言いましたが、様付けで呼ばなくていいですよ。同級生ですし、伯爵と男爵なら伯爵の方が位は上なんですから。
「そうですか。特に親の爵位は気にしていなかったのですが、男性の友人が初めてでして。ではお言葉に甘えて。ゲオルグくんも私のことは、ミリー、とお呼びください」
あ、はい。分かりました。
ミリー、アランくん。これからよろしくお願いします。
「こちらこそ!」
ミリーとは対照的に、アランくんは無言でもう一度頭を下げた。
子供達4人はルトガーさんに引率されて学校に、は向かわず、村から高速船で通学するある人と合流する為に船着場へと馬車で向かった。
船着場には、ドレスを身に纏ったローズさんが船頭さんと一緒に待っていた。
真っ赤なドレスはミリーのものとは違って丈が長く、くるぶしくらいまで有る長さ。指輪、ブレスレット、ネックレスなど、派手にならない程度に装飾品を散りばめている。
赤いドレスが良く似合ってるね、と声をかけると、
「お母様が張り切っちゃって」
と静かに頬を赤らめていた。おとなしいローズさんなんて珍しい。今日は雨か、雪か、それとも雷か?
「ゲオルグ様、2人にローゼを紹介しないと」
ああそうだね。
ええっと、こちらはローゼマリー。南方伯の娘。
「私はローゼと呼んでいます」
南方伯の娘と言われて少し嫌な顔をするローズさんを隠すように、マリーが割り込んだ。
こちらは、ザイデ伯爵の娘ミリヤムと、ファーザー商会の息子アランくん。
「お久しぶりです」「こちらこそ、ご無沙汰しています」
ローズさんとミリーが同時に頭を下げた。あれ?知り合いだった?
「以前何度かパーティーで。そちらのファーザー商会も良く知っていますが、御子息とお会いするのは初めてですね。これからよろしくお願いします」
パーティー!?
俺、パーティーなんかに呼ばれた事ないんだけど。子供が参加するようなパーティーがこの世に有ったのか。
「私が行っていたのは南方伯が主催するパーティーだから、東方伯派閥のフリーグ男爵家は呼ばれないわね。まあ、もう私も呼ばれないんだけど」
皮肉たっぷりと言った感じで、ローズさんが教えてくれた。
派閥かぁ。まあ父さんが違うと言っても、傍から見たら東方伯派閥だよなぁ。
じゃあ、南方伯に近いザイデ伯爵の縁者が東方伯派閥の俺達と仲良くするのは、あまり良くない?
「私は末っ子で伯爵家を継ぐ予定は無いです。将来、親の指示でどこかの知らない家に嫁ぐ事になるでしょう。だから学生時代は好きに生きます、と周囲に宣言して家を出て来たので、大丈夫です!」
ニパッと笑って悲しい事を言う。それって家出じゃないのか。明るさで笑い飛ばしているその姿が、涙を誘って来る。
「ファーザー商会も、最近はフリーグ男爵家と良い取引をしているから、南方伯に目を付けられても大丈夫なのよね?」
ミリーさんの言葉に、
「ぬいぐるみの生地のおかげ」
とアランくんが短く応えた。父さんはファーザー商会からもぬいぐるみの材料を買っているらしい。
「だから、ローゼマリーさんも難しい事は気にせず、私達と友達になってください!」
ミリーは笑顔で、その右手を差し出した。
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