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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第10章
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第56話 俺は夫婦の昔話を聞く

 フランメ家がまだ伯爵として領地を治めていた頃、ベルタとその夫ロルフはフランメ伯爵の下で働いていた。




 ベルタは、伯爵領内で収穫された農作物の保管販売を担当する役人の1人だった。


 傍から見る限り領都の家と役所を往復する単調な日々。偶に保管庫へ出向いて各村から運ばれて来た収穫物を確認するが、多くの女性には退屈な仕事。ベルタの同僚女性達は早々に職場で結婚相手を見つけ、退職する者が多かった。


 しかしベルタはこの仕事が好きだった。王都の学校に通って培った知識と計算能力を活かすやり甲斐のある仕事だと思っていたし、伯爵領内の小さな学校ではなく王都の学校へ通う費用を出してくれた両親の為にもそう簡単には辞めたくなかった。


 仕事に熱中したベルタは順調に出世し、数年後には1つの部門を任されるようになっていた。




 ロルフは、魔物や盗賊、隣国の敵兵から伯爵領を守る兵士の1人だった。


 ロルフは学校には通っていない。貧しい山村で生まれたロルフは、幼い頃から父親と一緒に野生動物や魔物を狩って暮らしていた。その経験を活かす為、10歳になった年に伯爵領兵に志願した。ロルフのように学校へ行かず、家業の手伝いや兵士になる事を選ぶ子供は多かった。


 ロルフが最初に配属されたのはグリューンの警備兵だった。まだ年若いロルフは伝令や雑用が主な仕事だったが、近隣で魔物が現れた時は積極的に討伐部隊に参加した。


 数年後、ロルフは領内の村々を定期的に移動しながら周辺の魔物や盗賊に対処する遊撃部隊に転属する。定住しない職種は結婚し辛く人気が無かったが、その分給料は良かった。貧しい村に暮らす家族への仕送り額を増やしたいロルフにはそれが丁度よかった。




 そんな2人が出会ったのは20年以上前。ある事件がキッカケだった。俺も姉さんも生まれる前。伯爵領を巻き込んで発生した隣国との戦争が始まる以前の話。


 領内のとある農村で、その年に収穫して領都へ輸送する前だった小麦の大半を盗まれる事件が起こった。そのため今年支払う税は免除してほしいと、村長が領都まで出向いて伯爵に直訴した。


 しかし伯爵は、小麦の収穫時期に賊に対する警戒を怠ったとして村長を叱りつけた。小麦以外の物を売った金で支払え、と税の免除を許さなかった。


 伯爵は兵士を統率する長の責任も追及した。兵士長は、すぐに賊を捕らえます、と平謝りだった。


 その兵士長の安請け合いの煽りを食ったのは、ロルフの所属する遊撃部隊だった。


 ロルフを含めた部隊の上官達は兵士長から八つ当たりされ、賊を捕らえるまで休まず捜索を続けろと理不尽な命令が下された。


 事件から10日ほど経った頃、東の国との国境近くの洞窟を塒にしていた盗賊を運良く発見し、遊撃部隊がそこを急襲。盗賊を蹴散らし、洞窟内に保管されていた小麦を奪取した。


 意気揚々と小麦を持ち帰った遊撃部隊を伯爵は部下達の前で賞賛した。兵士長は何もしていないのに、自慢げに踏ん反り返っていた。


 しかし、


「残念ながら、この小麦は領内で作られている品種では有りません」


 回収して来た小麦の検品を行った女性が現れ、安堵の表情を浮かべる遊撃部隊の気持ちに水を差した。その女性はこれまで領内で取れた多くの収穫物をその目で確認して来たベルタだった。


 詳しく説明しろと言う伯爵の言葉を受けて、ベルタは持って来ていた2つの小袋から小麦の粒を一つずつ取り出した。


「領内に広く栽培されて出回っている小麦は粒が硬く、粉にして水でこねた時に粘りと弾力が強く出ます。美味しいパンを作れる良い小麦で、勿論あの農村も毎年この品種の小麦が作られています」


 親指と人差し指で粒を挟んで圧迫して見せる。片方の小麦が圧迫に耐えられず、少し変形した。


「しかし遊撃部隊が持ち帰った小麦は領内の物より柔らかい。収穫後の保管方法の違いだけではこうはならないので、品種が違うと思って良いかと。因みにこの柔らかい品種で作った小麦粉はクッキーなどを作るのに向いていまして、私が知る中でこの品種が最も出回っていて入手しやすいのは、南のキュステ、もしくは東の隣国です」


 ベルタは終始淡々とした口調で意見を述べた。遊撃部隊から刺さるような視線で見つめられても全く動じずに、堂々としていた。


「俺達が何処かから小麦を盗んで来たとでも言いたいんですか?」


 睨み付ける隊員を制して一歩前に出た男性が、努めて平静を装って質問した。その男性はこれまで何人もの賊を捕らえて領内の治安を守って来たロルフだった。


「遊撃部隊の方々が嘘を仰っているとは言っていません。しかし、この小麦が例年あの村で栽培されている物と違うのは事実ですし、今年から育てる品種を変えるとの報告も受けていません。ですからもう一度、捕縛した賊を取り調べる事を提案致します」


「拷問はもう、散々やった」


 苦虫を噛み潰したような表情でロルフが答える。ロルフは何度やっても、拷問、という行為に慣れる事が出来なかった。


「そうですか。では伯爵。キュステや隣国に問い合わせて小麦の盗難事件が起きていないか確認する事を進言致し」


 ベルタの上司で有る重臣がベルタの発言を止めに入った。流石にいきなり伯爵に進言出来る立場には無いと。


 いや、構わない。そう言った伯爵は少し考えて、自分の考えを述べる。


「品種が違っても小麦は小麦。出処が違っても、あの村の損失を補填するには十分な量が有ったと聞いている。このまま黙っておいた方が、あの村の村長も喜ぶのではないか?」


 それを聞いた伯爵の重臣達は賛同の意を示した。元々は盗賊が何処かから盗んだ物で、態々元の持ち主を探す必要は無いと。


「確かに、村長が盗まれた報告して来た袋の数と、ぴったり、同じ数有りました。しかし、例年と違う品種の小麦を急に売り出す販路が有りません。しかもあの量。出処は何処だと怪しまれましょう」


 しかし、ベルタは1人、異を唱える。


「では領内で消費させれば良い。外にはパンを作る小麦を売り、内ではクッキーを焼いて食べる。それでいいだろう」


 ベルタはそれ以上反論しなかった。伯爵は一度決めた物事を変更したがらないと知っていたから。


「遊撃部隊の諸君は良くやった。これからも頼むぞ」


 異論が無いと分かった伯爵が上機嫌に遊撃部隊を賛美して、この会は終了した。


 ベルタは民衆にどう説明するかと上司や部下と相談を始め、ロルフは念の為にもう一度賊を取り調べに行った。




「あの時のベルタはキリッとしてカッコイイと思った。一目惚れだったよ」


 紅茶を飲みながら話すロルフさんが、その時の光景を思い出して微笑んだ。お茶請けにはロルフさんが焼いたクッキーが添えられている。


「私は全くロルフの事を覚えていません。慌てた上司の表情は詳細に思い出せるんですけど」


 困ったような表情をして、ベルタさんが言葉を返した。


 俺達はお隣さんの食卓でお茶を飲みながら、夫婦の昔話を聞いている。


 一度帰宅した時にカエデやサクラ、マリーも誘って。


「サクラちゃん、おじさんの焼いたクッキーは美味しいかい?」


 ロルフさんの質問に、サクラは無言で頷いた。


 サクラもカエデも、口いっぱいにクッキーを頬張って、笑顔を作っている。

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