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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第10章
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第38話 俺はマリーの表情を見て納得する

「ちょっと!なんで子供達を解放してんのよ!ギゼラに聞いても何も言わないし、どうなってるのか説明して!」


 マリーとカエデがギゼラに連れられて食堂を出て行ってから数分後、怒声と共にテクラが食堂に乗り込んで来た。その後ろではロータルがやれやれといった表情で続いて来る。


「手洗いに行きたいと言うから出してやっただけだ。すぐに帰って来る」


 マリクが雑に回答する。回復魔法の魔導具の件は少し黙っておく選択をしたようだ。


「ちっ、それならそうと返事しろっての」


「テクラがそういう風に八つ当たりするからギゼラに怖がられるんだ、と何度も言ってるだろ。ほら、深呼吸して、笑顔笑顔」


 ロータルがテクラの両肩に背後から手を置いて声をかけた。肩を揉みながらテクラを落ち着かせようとしている。


「こんな事態で笑ってられるか!ロータルも、新参者も、そしてお前も!笑ってる方がおかしいんだ」


 ロータルに肩を揉まれながら、笑顔の人間を順番に指差して行く。


 昔からポーカーフェイスが苦手なんだ。顔に出たのは申し訳ない。夫婦のやり取りが面白かったもので、つい。


「誰が夫婦なんだ!私はこんな木偶の坊より、マリク様を愛しているんだ!勝手な妄想で失礼な事を言うなよ」


 肩を揉んでいたロータルの手を振り払って、テクラは更に声を荒げた。お前のせいで変に誤解されただろと怒りの矛先を向けられたロータルは、はいはい悪かったよと軽く受け流している。


 恥ずかしげもなく自分の感情をそこまで晒せるのは一種の才能だろうか。俺にはとても出来そうに無い。特に誰が好きかなんて、俺は簡単には口に出せない。


 しかし、そんな怒り口調で好意を伝えられた対象はどんな気持ちだろうね。俺だったら、なんか怖いからちょっと避けるかな。いつもぷりぷり怒っている人間とあまり長く一緒に居たいとは思えない。


「テクラはもう少し落ち着け。でないと、またこの部屋から出て行ってもらうぞ」


 マリクは落ち着いている。愛の告白なんて常日頃から言われ続けて、もはや感情がピクリとも動かなくなっているんだろうか。


「わかってるよ。これ以上私に内緒で話が進むのは嫌だからな。あー、喉が渇いた。ロータル、何か飲み物を」


 食堂の椅子にどかっと座って飲み物を注文するテクラに、なんとなく既視感を覚えた。


 あっ、このなんか、いつどんな時でも自由な感じ。ドーラさんに似てる。


「おい、坊主。ちょっと手伝え」


 テクラの様子をじっと見つめて観察していた俺に、ロータルが手招きをして声をかけてくる。いつにまにか牢屋が再び開かれていた。


 俺に飲み物の用意を手伝えと?


 毒を仕込んだりする可能性も有るのに、油断しすぎじゃないですかね?


「はっはっは。そんな事したらお前もタダじゃ済まないからな。やるなら相打ち覚悟でやってみろ」


「ロータル、何でもいいから早くしろ。出来れば温かい物がいいぞ」


「ほら、うちの姫がまた暴れ出す前に、さっさと用意するぞ」


 ロータルに腕を掴まれ、調理場に無理矢理連れて行かれる。その行動をマリクもエディーも咎めようとはしなかった。それでいいのか?


 うーん。まあ男爵家の息子という事で侮られているのかな。確かに魔導具を1つも持っていない現状では俺は無力だ。飲み物に入れる毒も持っていない。だからってここまで自由にするかね。さっきまで俺達を解放しないと豪語していたマリクが異常だったかのようだ。


 仕方ない。アンナさんに教わった技術をフル活用して、美味しい紅茶でも淹れますかね。




 淹れた紅茶は毒見と称してまず俺が一カップ分飲み干した。飲んだ後はそのまま牢屋へ。


 次に飲んだのはテクラ。砂糖をたっぷりと入れて飲んでいた。気に入ったらしく、特に文句は言われなかった。


 他の3人は手を付けなかった。まあこの3人の対応が正解なんだろうが、折角人数分用意したのに飲まれないのはちょっと悲しい。


「これからどうするんだよ。何か考えが有るのか新参者。有るんだったら隠してないで言えよ」


 テクラがティーカップを手に、エディーに話しかける。しかし、エディーは答えない。何も考えていないのか、俺が聞いているから答えないようにしているのか。ただ無表情で、テクラの言葉を聞き流している。


「ふんっ」


 無視されているのが分かったのか、テクラもそれ以上何も言わなくなった。




 無言のまま、時間がゆっくりと過ぎて行く。


 マリク達が家に入って来てどれくらい経ったかな。父さん達は今頃何をしているんだろうか。マリク達が村を出る時に乗った馬車をまだ追い掛けているんだろうか。さっさと諦めて帰って来たらいいのに。追いかけている標的はここに居るんだから。


 父さん達が帰って来てくれたら話は早いが、もし帰って来ないのなら自分達で何とかしなければ。人質なんか要らないから全員殺して逃げようぜ、ってなっちゃうと最悪だもんな。


 これから村長を治療した後の事を脳内で色々と想定していると、静けさに耐えられなくなったのか、テクラが話を切り出した。


「なあ、ギゼラ達遅くないか?本当に手洗いに行っただけか?まさか逃げたんじゃないよな?」


 マリクに向けて投げた言葉だったが、マリクは椅子に座って腕を組み、目を瞑ってじっとしている。まさか眠っている訳では無いだろうが、会話をする気は無いようだ。


 マリクに拾われなかった言葉を拾ったのはロータルだった。


「心配なら様子を見て来たらいい。テクラが心配していたと聞けば、ギゼラも喜ぶだろうよ」


「子供達が逃げ出して外に情報が漏れる事を心配しているんだ。ギゼラの心配じゃ」


 ロータルに再び怒りをぶつけようとしたテクラだったが、食堂の扉が開く音で遮られた。


「おかえりギゼラ。問題は無かったか?」


 閉ざしていた眼を開いたマリクがギゼラに視線を送り、心配を口にする。テクラは頬を膨らませて、その視線をマリクとギゼラの間で動かしている。


「うんっ。完璧。今日は私の人生において最良の日よ。ああ、女神マギー様、ありがとうございます」


 恍惚の表情でギゼラが返答する。流石にそれはちょっと過剰過ぎないか?そこまで喜ばれると怪しさ満点なんだが。


 何言ってんだコイツと独り言ちるテクラの声を耳に入れながら、俺はギゼラと共に帰って来たらマリーに目配せをする。


 マリーは普段通りの澄ました表情を維持して、笑顔のカエデを抱きかかえている。


 何も問題無いから慌てず、心配するな。マリーの表情はそう物語っていた。

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