第3話 俺は親戚関係を大事にする
父さん、大丈夫?
「ああ、うん。ちょっとダメかもしれん」
キュステに到着して東方伯からの歓待を受けた翌朝。ベッドから起き上がった俺の目に飛び込んできたのは、室内に有るもう1つのベッドに腰掛けてぐったりと項垂れている父さんの姿だった。
俺達を歓迎する為に開かれた東方伯邸での宴会は日が沈む前から始まった。
海沿いの街キュステならではの伝統的な海鮮料理に加え、醤油や味噌を使って研究したという新しい料理に舌鼓を打ちつつ、東方伯と父さんの会話に俺も参加していた。
母さんの兄弟や俺の従兄弟達が時々出入りしながら、夜遅くまで宴会は続く。俺は流石に日付が変わる前にベッドに入ったが、その時の父さんはまだ楽しそうに飲み続けていた。勿論、東方伯も。
もしかしてあれからずっと飲み続けていたのか?
そう疑いたくなるほど、父さんは憔悴しきっている。
「あの化け物め。もういい歳なのに、いつまで経っても豪快過ぎて困る。俺の親父なんてもうそんなに酒を飲まないってのに。うー、頭痛い」
確かに冬に行ったヴルツェルでは酔い潰れる程酒を飲むなんて事はなかった。東方伯はその大きな口でパカパカとグラスを空にしていっていたが、デニス祖父さんはゆっくりと一杯の酒を味わっていた。
あの速度と量に付き合うんだったら、エステルさんに二日酔い予防の薬でも貰っておけば良かったね。
「実はマリーが飲んでいるのと同じ乗り物酔いの薬を貰って、事前に飲んでいたんだ。だが、酒には効かなかったようだ。それとも単純に飲酒量が薬の効果を上回ったか」
なるほど。でも長期間東方伯に付き合えていたんだから、多少は薬の効果があったかもね。もしかしたらプラセボ効果かもしれないけど。
「ゲオルグ、俺はもうダメだ。お前1人でみんなと合流してくれ。俺は1人でグリューンへ行く。じゃ、おやすみ」
父さんはそう言い残し、ベッドに寝転んで頭から布団を被った。
もう、仕方ないな。
父さんの言う通り、俺1人で先に行こう。このまま一日中眠っていても父さんなら飛行魔法を使って余裕で追い付くしな。
「ゲオルグ君、昨日は悪かったね。疲れたでしょ?」
東方伯が用意してくれた馬車の中、俺は同乗している男性からの気遣いに、大丈夫ですよと答えた。
「お義父さんは自分で飲むのは勿論、旨いと思った酒を人に飲ませるのも好きなんだ」
話を進めるこの人は母さんの末妹の旦那さん。つまり義理の叔父さんで、東方伯の部下としてキュステで暮らしている。昨晩の宴会にも叔母さんや従兄弟達と一緒にちょっとだけ顔を出していた。
今回は東方伯直々の呼び出しを受けて、1人でキュステを出る俺の護衛として馬車に同乗することとなった。
馬車に乗り込む俺を見送りに来た東方伯が、なぜか昨日以上に生き生きとしていたのが印象的だった。父さんと同量もしくはそれ以上は飲んでいるはずなのに。化け物め。
「でも僕は下戸でね。一緒に食事をする事はあっても、お義兄さんみたいにお義父さんが飲むお酒に付き合う事が出来ないんだよね」
でも今朝の父さんの姿を見たら、飲めないと断れる方がいいと思います。
「流石にあれだけ飲み続けるとお義兄さんも二日酔いになるんだね。二日酔いは辛い。二日酔いになるのに、それでもお義父さんを喜ばせる為にお義兄さんはお酒を飲み続けた。これは僕には出来ない凄い事なんだよ」
はぁ。
そんなにキラキラと熱い眼差しで語られても反応に困ってしまう。
父さんの思考は単純で、キュステにカエデ達を連れて来れなかったバツの悪さを隠す為に、お酒に逃げただけだと思う。なんだかんだと言って、父さんもお酒は好きだから。
「謝罪するなら他にもっと方法が有るのに、お酒を選ぶところが凄い。僕は自分の子供を守る為とはいえ、お義父さんと長時間お酒を飲むという選択は取れないよ」
うーん。叔父さんは真面目なのかな。そんなに真剣に考える事でも無いと思うんだけど。
まあ人には得意不得意があるので、叔父さんは別の方法で東方伯に対応したらいいでしょうね。
それから叔父さんはお酒の件以外でもずっと父さんを持ち上げて話し続けた。
頭が良くて魔法も巧みで、昔から凄い人だったとか。久し振りに会ったがあの頃と変わらず格好良い人だったとか。
あの頃っていつだよ。そんなツッコミを入れる事も無く、俺は話を聞き流しながら無難に相槌を返すだけに止める。
しかし、父親の褒め言葉を唯々聞くのはちょっとした苦行だ。褒められる度に普段の情けない姿を思い起こし、全てを否定したくなる。
でも叔父さんは話を止めない。今後の親戚関係を考えて、話の邪魔をしなかった俺が悪いんだろうか。それとも、もっと腹を割って話をした方が良かったか。
まだ姉さん達との合流地点は遠く、馬車は止まる気配がしない。叔父さんの話も止まる気配がしない。
どうしよう。俺の相槌のレパートリーはそんなに多くない。




