第28話 俺は2人の話に割り込む
「わっはっは。神様をぶっ飛ばしに行くか。そりゃええのう」
楽しげに体を揺すりながら、ソゾンさんがワインを呷る。
「もし神様をぶっ飛ばしに行くことになったら師匠も手を貸してね。凄い魔導具をいっぱい持って行くんだから」
「うむ。神様に儂の魔導具が太刀打ち出来るかどうか、挑戦してみるのも面白いのう」
師匠と弟子、2人仲良く笑っていやがる。
呑気なもんだ。
その間もずっと俺の脳内には直接神様2人の笑い声が届いているというのに。
神様達が俺達の様子を注視しているんだからあまり失礼な発言をして欲しくないが、それを正直に言っても聞き入れられないだろう。どうしたものか。
「ソゾンさんは、神様は実在すると思っていますか?」
おっと、今まで口を挟まなかったクロエさんがここで良い質問をしてくれた。
「そうじゃのう。一般的にドワーフ族、特に鍛冶をするドワーフ族はシュバルト神を拝む風習が古くからあるのう。儂もそれに倣って年始には必ず教会まで足を運んでおる。シュバルト神だけじゃなくてマギー神の方へも行っておるぞ」
「マギー神は魔法の神で、シュバルト神は剣の神でしょ。鍛冶をする為に祈る神じゃないよね?」
姉さんの質問にソゾンさんがそんな事はないと答える。
「剣の神様は剣を握って戦う者だけじゃなく、剣を作る者にとっての神様でもある。ずっと昔から、素晴らしい名剣にはシュバルト神の魂が宿っている、と評されていたのじゃ。そこから派生して他の武器種や防具にもその評価が用いられるようになり、いつしか鍛冶をする者達の間では鍛冶の神と認知されるようになったんじゃよ。そして魔導具も魔法。魔法はマギー神の領域。じゃから魔導具を作る儂はマギー神の方へも挨拶に行っておる」
「ふーん」
熱心に語ってくれたソゾンさんに対して、姉さんはさほど興味の無い様子だ。
神様の笑い声は収まったが、多分まだ見ているはず。姉さん、失礼な態度は禁物だよ。
「まあ儂も他のドワーフ達も絶対に神が居ると思っておる奴は少ないじゃろうがな。神に祈るのは一種の験担ぎじゃ。工房に入る時は必ず右足から、朝食の献立は毎日同じ物を、会心の作品が出来るまで何日も下着を変えない。そういった験担ぎと同じ類のものじゃな」
「えっ、汗を掻く仕事をしてるんだから、毎日お風呂に入って下着は変えた方がいいよ」
少しソゾンさんから距離を取りながら、姉さんが苦言を呈す。うん、俺もそれは汚いと思う。
「儂は結婚してからはちゃんと毎日風呂に入っておるわい」
馬鹿にするなといった雰囲気で反論しているが、つまり結婚する前まではそんな生活だったと。
お酒の件もそうだけど、ヤーナさんがいないとソゾンさんはとんでもない生活をしそうだな。
「師匠は新しい魔導具作りを始めると寝食を忘れて没頭するからね。腕は良いけど基本ダメ人間だから」
「儂は職人じゃからな。良い物を作っておったらどんな生活をしておっても文句を言われる筋合いが無い。死が迫っておる極限状態の方が良い物が出来るとも言うしのう」
ニヤニヤと笑いながらソゾンさんを揶揄う姉さんに、ソゾンさんは毅然とした態度で立ち向かう。
胸を張って反論出来る内容ではないと思うけどな。
更に話を広げて盛り上がり、笑い合っている2人の様子を眺めていると、
「ゲオルグ様。2人はいつもこんな調子なので、聞きたい事は無理矢理割り込んで聞かないとずっと2人が話をして終わってしまいますよ。闇魔法の魔導具について聞きたかったんですよね?」
と、クロエさんが助言をしてくれた。
そうだ。ここに来た目的をまた見失ってた。なんとなく楽しそうな2人の雰囲気に、もうこのままずっとこの掛け合いを見ているだけで良いかなって思っちゃった。
「ん、闇魔法の魔導具を何故作る気になったかじゃと?」
俺はソゾンさんは闇魔法を嫌っているとそう思っていましたので、それを不思議に思いました。
「闇魔法は今も嫌っておるが、さっきも言ったように作ったのはアリーとニコル先生に頼まれたからじゃ。それ以外に他意は無いぞ」
ほんとに?何か裏があるんじゃないの?
だってジークさんが使っていた『魔吸』もずっと封印したままなんでしょ?
「そうじゃな、魔吸は危険な武器じゃ。これまで作られて来た他の闇魔法の魔導具も他人を攻撃する目的の物。じゃが今回は医者に頼まれて作る医療用の魔導具じゃ。他人を殺す為の道具じゃなく、人を助ける為の物じゃ。じゃから作る気になった。それじゃダメか?」
でも俺は、その魔導具で何度も攻撃されて危険な目にあっているんだけど。医療用ならもっと違う方法があったんじゃないかな。
「ただ魔力を抜き取るだけじゃ勿体無いじゃろ。それに、出来るだけアリーがその『りはびり』を飽きずに続けられるように手助けしてと言われておるしの」
リハビリにとって飽きずに続ける事が大事なのは分かる。姉さんが俺との試合を楽しんでいるのも分かる。しかし。
「まあええじゃないか。別にいつまでもずっとゲオルグに隠しておこうとしておったわけじゃない。言語はまた今度教えてやるから、そう不貞腐れるな」
別に不貞腐れてはいないけど、なんとなく納得がいかない。
「ふふふ。その顔、父様にそっくりだね」
それは更に納得がいかない。
俺はヤーナさんがレシピを書き終えて戻って来るまで、何故か2人から揶揄われる立場になってしまった。
クロエさん、黙って食事してないで助けて。




