第27話 俺は神様達の笑い声を聞く
「これおいしー。なんていう料理?」
ヤーナさんの手料理を黙々と口に運んでいた姉さんが、とある一皿に手をつけたところで口を開いた。
「それは私の母親から教えてもらった料理で、特に名前は無いわね。敢えて名付けるなら、豚肉とキノコの赤ワイン煮、かしらね」
「ほえー、お酒を使ってるんだね。お肉がとっても柔らかくて美味しいよ」
「儂はその料理は好かん。酒はそのまま飲んだ方が美味い」
姉さんの言葉にソゾンさんが異を唱える。
「あなたが嫌いなのは知ってます。だから2人で食べる時はこの料理を作ってないでしょ。作るのは孫や子供達が遊びに来た時だけ。今日は仕事を手伝ってくれたゲオルグ君に食べて欲しくて作ったのよ。ゲオルグ君、味はどう?」
ヤーナさんの問い掛けに、美味しいですと即答する。
力を入れなくてもスッとナイフが入るほどに豚肉の塊が柔らかく煮込まれていて、口に含むとその肉はほろほろと崩れていく。崩れると共に肉の旨味が口いっぱいに広がり、とても幸せな気分になる。勿論一緒に煮込まれている数種類のキノコも味が染み込んでいて美味しい。うちの料理長にも作ってもらいたい一品です。
「ふふふ、そこまで褒められたら恥ずかしいわね。それなら料理長さんにも作ってもらえるようにレシピを書いてくるわ。ワイン煮も少し持って帰って、料理長さんに食べさせてあげて。一度口にした方が作りやすいからね」
少し頬を赤らめたヤーナさんが食卓から離れて行ってしまった。
ヤーナさんが居なくなってこれ幸いと、ソゾンさんはヤーナさんが置いて行った赤ワインの瓶を手に取り、自らコップに注ぎ始めた。
「巧くヤーナの機嫌を取ってくれたな。流石ゲオルグじゃ」
素直に感想を言っただけでそんなつもりは全く無かったんだけど、何故かソゾンさんの飲酒を助ける結果になってしまった。空になった瓶を見て、後で怒られなきゃいいけど。
「なーに、飲み切ってしまえばこっちのもんじゃよ」
はあ。
まあ怒られるのは俺じゃないし、放っておこう。1瓶は飲んでいいって話だったしね。
ところで、さっきから一向にフォークの手が止まってないけど、姉さんはここに何をしに来たのかな?
「ん?私?」
一口大にカットした豚カツにフォークをぶっ刺しながら、姉さんが首を傾げる。
あなた以外に姉は居ないですねー。
「ゲオルグに負けないようにする為に、新しい魔導具作りを師匠と相談しようと思ってね。ゲオルグの方こそどうして?マリーは一緒じゃないんだね」
俺はソゾンさんが作った闇魔法の魔導具についてちょっと質問しようと。それとマリーは家でサクラの相手をしてるよ。
「なんじゃ、あの魔導具の秘密を教えてしもうたのか。という事は、アリーが魔法を使えなくなった事も話したのか」
「うん、バレちゃった」
少し残念そうに話すソゾンさんに、姉さんはてへっと笑って愛想を振り撒く。
姉さんはソゾンさんにも事情は説明していたようだ。その事実を知った父さんはまた俺は除け者かと更に憤慨しそうだから、父さんには黙っておくようにしような。
「あれはアリーが退院して数日経った頃じゃったかな。アリーがニコル先生と一緒に訪ねて来たんじゃ」
ワインを一口飲んで唇を湿らせたソゾンさんが急に語り始める。
6月に入ってすぐだったと思うよ、と姉さんがソゾンさんの話に付け加える。
「儂もその時にアリーが魔法を使えなくなったと知ったんじゃ。それでな、その症状の治療の為に闇魔法の魔導具を作ってくれないか、と先生に言われたんじゃ」
治療?
「うん、ニコル先生が色々調べてくれたの。あっ、闇魔法の情報に関しては私が話したんだけどね」
闇魔法の魔導具を使う事が治療になるの?
「うんとねぇ、正確には治療じゃなくて『りはびり』って言ってた。闇魔法で無理矢理魔力を吸い上げて、魔力を使う方法を体に思い出させるんだって。毎日魔力を使っていくことが大事なんだってさ」
へえ。ニコルさんは姉さんの症状を初めて見たから治療法なんて解らないって言ってたけど。なるほど、リハビリね。
しかしリハビリと聞くと、前世の思い出したくない記憶が蘇ってくる。俺は途中で諦めて投げ出しちゃったからな。
折角ニコル先生が調べてくれたんだ。姉さんには途中で投げ出さず、最後までやり切ってもらいたいな。
「でもね。これで巧くいくかどうかは先生にも解らないんだって。巧くいったら初症例だから頑張れってさ」
なにそれ。姉さんを実験台にしてるってこと?
ちょっと今から診療所に行って来る。
「あっ、ゲオルグに言うと絶対文句を言うから黙っとけって言われたんだった。ごめんっ、今のは忘れて。あと、父様にも同じ理由で内緒に」
しかし、必ず効果が出るとは分からないんでしょ?
「うん。でもね、なんとなく良い感じだと思うんだよね。もうちょっとで何かを掴めそうなのよ。だから、もうちょっとやらせて」
そんな先が見えない努力をするより、神様に頼んでパパッと治してもらった方が良くない?
「えー、そんなのつまらないじゃない。確かに巧くいくか分からないし無駄になるかもしれないけど、でも私は今、最高にこの人生を楽しんでるよ。ゲオルグとの魔導具合戦は本当に楽しいもん」
いつも以上にニンマリと口角を上げて姉さんは笑っている。俺はあんまり楽しくないって言ったらどうするかな。
「だから、神様だか何だか知らないけどゲオルグを惑わせて邪魔するなって言っといて。勝手な事をするならこっちから教会に乗り込んで行ってぶっ飛ばしてやるから!」
俺としてはちょっと笑えない姉さんの強気な宣言と共に、男女2人の笑い声が俺の頭の中に直接流れ込んで来た。




