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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第9章
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第26話 俺は労働の対価を得る

「ヴルツェル産の赤ワインか。まあ、ありがたく受け取っておこう」


 久し振りに訪問する為に持って来た手土産を差し出すと、ソゾンさんは少し戸惑った様子でお酒の瓶を受け取った。


 赤ワイン、苦手だったのかな。


「折角頂いた物ですが、ダメですよ。飲むのは今受注している仕事が全部終わってからにしてください」


 いつもはキリッと凛々しい眉を八の字に変えているソゾンさんにヤーナさんが苦言を呈す。因みにヤーナさんに渡した秋の果物盛り合わせは喜んで受け取ってもらえている。


「しかしじゃなぁ、久し振りにゲオルグがやって来たんじゃぞ。しかも手土産まで持って。ちょっとくらい仕事の手を休めて、酒を飲みながらゲオルグと語り合ってもよいじゃろ?」


「ちょっとくらいと言いつつ、その1瓶はあっという間に飲み干されて次のお酒に手を出すのよね?」


「そんな事は」


「何年あなたと一緒に居ると思っているのかしら。今までに一度もそんな事は無かったと胸を張って言える?」


 ソゾンさんがヤーナさんに言い負かされて口籠る。ソゾンさんの頭の中にもやらかした過去の記憶が残っているんだろう。


 ソゾンさんとゆっくり話をしたかったんだけど、どうやら今日は日取りが悪かったようだ。


 しかし、忙しいのなら帰って日を改めるとソゾンさんに伝えると、ちょっと待てと腕を掴まれた。


「折角来たんじゃ、もうちょっとゆっくりしていけ。というか仕事を手伝っていけ」


 仕事を手伝えだなんて珍しい。鍛冶仕事にプライドを持っているソゾンさんは、普段ならそんな事を言わないのに。


 よっぽど何か特別な事情が有るんだろうか。いや、単純にお酒を飲みたいだけかもしれない。


 でも、俺はマリーみたいにソゾンさんの鍛冶仕事を手伝えませんよ。


「今作っておるのは魔導具じゃから大丈夫じゃ。しかも新作では無く量産品。道具は貸すからゲオルグは魔石にドワーフ言語を刻み込んで行ってくれ。儂は魔導具の外殻を量産していくからの。さあ、そうと決まればさっさと終わらせてしまうぞ」


 勝手に話を進めたソゾンさんはワインの瓶をヤーナに託し、奥の工房に向かって駆け出した。


「ごめんね。誕生祭で休んでいる間に断れない仕事が沢山入っちゃったの。王家からの注文も有るからゆっくり出来なくて。報酬は払うから、ちょっとだけ手伝ってあげて」


 ヤーナさんからもお願いされてしまっては仕方ない。その報酬に昼食も加えるっていうのはどうですか?




「ゲオルグのおかげで仕事が早く終わった事を祝して、かんぱーい!」


 赤い液体が並々と注がれたコップを高らかに掲げて立ち上がり、ソゾンさんが歓喜の声を上げる。


「今日やらなければいけない分が終わっただけで、明日以降もまだまだ仕事は残っているんですからね」


 ようやく酒が飲めると浮かれるソゾンさんに、横に座っているヤーナさんが釘を刺す。


 時刻は16時を過ぎた頃。俺達3人はソゾンさん宅の食卓を囲んで、少し早い夕食を取ろうとしている。


 ワインの瓶は人質のようにヤーナさんの手元に置かれていて、ソゾンさんの飲酒量はヤーナさんの機嫌次第だ。


「わかっとるわかっとる。でも今日はもうええじゃろ。明日の分は明日の儂が頑張ってくれるわい」


 なんて能天気なんだ。お酒はここまで人の思考回路を狂わせるのか。


「折角早く終わったんだから明日の分も作り始めたらいいのにね」


「これ以上ゲオルグに手伝ってもらうのも気が引けるじゃろ。報酬を払うとはいえ、ゲオルグはまだまだ子供なんじゃから」


「自分が早くお酒を飲みたいだけでしょ」


「例えそうだとしても今日の分は終わらせたんじゃ、儂は自由なんじゃ」


 ヤーナさんの言葉を聞き流したソゾンさんは、コップの赤ワインに口をつけたかと思ったらそれを一気に飲み干した。


「かーーっ、うまい!仕事の後の一杯は格別じゃのう。ほれ、もう一杯注いでくれ」


「そんな勢いで飲んでいたら1瓶なんてすぐに無くなりますよ。今日は絶対にこれ1本しか飲ませないからね」


「わかったわかった。ヤーナの美味しい手料理と一緒に味わってゆっくり飲むから、2杯目を注いでくれ」


 ソゾンさんの願いは聞き入れられ、コップに2杯目が注がれた。今度はコップの半分程の量だったが、ソゾンさんは文句を言わずにちびちびと口に運んでいる。


「ゲオルグ君ごめんね。お礼に沢山食べて帰ってね」


 はい、ありがとうございます。


 とは言っても数時間前に昼食を沢山食べたばかりだから、そんなに多くは食べられないと思うけど。


 だが3人が囲んでいる食卓には肉素材メインの料理が所狭しと並んでいる。俺が広めた唐揚げや豚カツもあるがドワーフ族伝統料理のお皿もある。どう見ても3人では食べ切れない程の量がそこにある。


「こんにちわー」


 どれから手をつけたら良いものかと逡巡していると来客を知らせる大きな声が轟いて来た。


 しかしこの声はよく知っている声だ。




「あー、美味しそうな物食べてる!ゲオルグ狡い」


 出迎えに行ったヤーナさんに連れられて食堂にやって来たのは姉さんとクロエさん。


 そう言われてもこれは労働に対する正当な対価だ。狡いと言われる筋合いは無いぞ。


「ヤーナが張り切って沢山作ったんじゃ。残すのも勿体無いから、アリーもクロエも食べていけ」


「やったー!」


「座る前に手を洗って来てね」


「はい、ヤーナさん。クロエ、行くよ」


 姉さんとクロエさんは踵を返して食堂を出て行く。


 一体何をしにここに来たのか知らないけど、少しは遠慮したらどうなのか。


「いつもは2人の食卓じゃからの。偶には大勢で食べるのもええもんじゃ。じゃからヤーナ。もう1瓶頼む」


 無理矢理話を展開して飲酒量の増量を願い出るソゾンさんだったが、ヤーナさんに軽くあしらわれて午前中のようなしょんぼりとした雰囲気を取り戻していた。

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