第23話 俺は重たい空気から逃走する
馬車の旅がこんなにきついとは思わなかった。
王都内を馬車で移動するのは全く苦じゃない。
それは王都内の道がある程度整備されていたから。
街から街を繋ぐ街道は王都内ほど整備されていない。
移動のために借りた馬車が王都内の馬車より古いのも良くないと思う。
御者をしてくれているジークさんも注意しているようだけど、小さな起伏を越えるだけでガタガタと揺れる。
最新の馬車ならここまで揺れないんだがとジークさんがこぼしていた。費用を節約するために、父さんは安い馬車を借りたようだ。
馬車を借りた父さんは乗っていない。商隊と俺達を含めて5台の馬車で移動していて、父さんは護衛のために先頭の馬車に同乗している。
俺達の馬車は3台目。母さんは最後尾の馬車に乗って後方を警戒している。
たまにガタンと大きく揺れてお尻が痛い。治癒魔法が発動して乗り物酔いをしないから、痛いのだけ我慢だ。
マリーは酔ってしまうらしい。気持ち悪くなると馬車から出て、マルテに抱えられてゆっくりと空を飛ぶ。馬車を止めることなく、2人は飛行魔法で器用に出入りしている。
風が気持ちいいのか戻ってきた時にはスッキリとした顔をしているが、1日に何回も繰り返して大変そうだ。
俺は前世では馬車に乗ったことは無かったし、車の構造に関する知識もない。この馬車を整備して振動を抑え、旅を快適にする知恵は持ってない。
せめてお尻を守ろうと、途中の街で座席にクッションになる物を設置した。それでもなお、お尻は痛い。これ以上クッションを重ねると座りが安定しなくなって、逆によく揺れる。
「お母さん、気持ち悪い」
体調不良を訴えるマリーがマルテと一緒に馬車を降りた。
これで今日は3回目だ。キュステまでは後3日、道のりの半分を過ぎているからもう少し頑張って欲しい。
「馬車も楽しいけど、マリーは飛んで行った方が良かったね」
「そうですね。でもみんなと一緒が良いそうですから、仕方ありませんね」
姉さんとアンナさんも一緒に乗っている。マリーも姉さんみたいに揺れる馬車を楽しめたら、多少は違うのかもしれない。
マリーが乗り物酔いをすると分かった時に、マリーとマルテが飛行魔法で先行するという話も出たんだ。でもマリーがみんなと一緒にと言うからその話は無くなった。
マリーは馬車を降りたら直ぐに回復するみたいで、夕方次の街について夕飯を食べる頃には元気になっている。各街で美味しいご飯が食べられて喜んでいるマリーを見て、誰も先行しろとは言わなくなった。
「クロエさんは体調大丈夫ですか?」
俺の問いにびくっと反応した獣人族の女の子は、何も言わず姉さんの陰に隠れてしまった。
「もう、ゲオルグ。クロエをいじめないでよ」
姉さんに注意された。いや、俺はただクロエさんの体調が気になっただけで。
出会いが悪かったんだよ、出会いが。それで姉さんには怒られ、クロエさんには警戒されてしまった。
出発の前日、クロエさんは姉さんに連れられて我が家にやって来た。
その姿を見た時、俺は一瞬で魅了されてしまった。
お尻には黄金色に輝くふわっと大きなしっぽ、頭の上にはぴょこんと小さく尖った耳が乗っている。人族には無い特徴が俺を誘惑する。
冒険者ギルドで見たことがある獣人族の戦士のような荒々しさが無く、丸くふっくらとした柔らかさを感じる。この感じが大人になったら失われるんだろうか、なんと勿体無い。
今しかないと思ってしまったんだ。この可愛らしさを堪能出来るのは今しかない。
気が付いたら逃げるクロエさんを追いかけ回していた。
その後マルテに捕まり叱られた。姉さんにも怒られた。
手には何か柔らかい物を触っていた感触が残っていた。おそらくクロエさんを撫でまわしたんだろう。前世で新しく子犬を飼い始めた時のように。
「すみません。可愛らしいクロエさんを見て興奮してしまいました」
乱れた髪を手櫛で治しているクロエさんに土下座して謝罪する。綺麗な金髪のショートヘアが良く似合っている。ロングにした姿も見てみたいです。
謝る俺をみて、おお土下座だ、と姉さんが反応している。なんで土下座を知ってんの?
そのゲオルグ暴走事件以来、クロエさんにはすっかり嫌われた。
謝罪の後、色々話しかけてみたけどいつも姉さんに隠れてしまい、話も出来ていない。
まあしょうがないよね。ただの痴漢で変態だもの。日本だと確実に逮捕ですよ。
はい、反省しています。
駄目だ、空気が重い。
あ、マリーお帰り。気持ち悪いの治った?
そう、よかった。
マルテ、今度は俺を連れて飛んでもらえるかな。
うん、ちょっと空気を入れ替えようと思ってね。
ああ、風が気持ちいい。
このまま次の街へ飛んでいきたいな。




