第24話 俺は母さんに悪戯される
「そろそろ競技場の貸切時間が終わるから、帰る準備をしなさい」
遠くから届いた母さんの声が耳に入り、はっと気がつく。
洞窟内の地面に胡座をかいて座り込み、天井に映し出された文字列を見つつ思考を巡らせていたら、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。
座っている地面をマリーが土魔法で柔らかくしてくれたり、地面を盛り上げて背もたれを作ってくれたりしたから、居心地が良くなってついつい長居をしてしまった。
2人とも、母さんが呼んでるからそろそろ出ようか。
俺は右太腿の上に座るサクラと左大腿に座るカエデに声をかけ、脚の上から立ち上がるように促した。
しかし、2人は動こうとしない。
サクラは未だ飽きずに洞窟中央に浮かぶ魔石を見つめている。カエデの方は、寝てるのかお前。
「サクラ様。これが気に入ったのなら屋敷に帰ってまたお見せします。でも今はリリー様が呼んでいますから、見るのを止めましょうね」
マリーが優しくサクラを抱き上げる。抵抗しないなんて、サクラは聞き分けの良い子だな。
「魔石を持って先に出ます。ゲオルグ様はカエデ様をお願いします」
俺の了解を待ってマリーが魔石を掴み、魔法を解除する。魔石の内部から発生していた光が消え、日光が僅かに入り込んで来る事で、狭い出入口の姿が浮かび上がる。
俺にもたれかかって起きる気配が無いカエデを抱き上げながら強引に立ち上がり、先を行くマリー達に続いて外に出た。
洞窟の外に姉さんとクロエさんの姿は無かった。
2人は父さんに引率されて競技場のシャワー室に向かったそうだ。ここから帰宅せずに真っ直ぐ学校へ向かう準備だ。
お弁当や敷物も片付けられていて、後はマリーが作った洞窟を潰して整地したら帰る準備は完了だな。
「ゲオルグ、アリーから聞きたい事は聞けた?」
あっ。
笑顔で問いかけて来た母さんのおかげで、そういえば大事な事を聞けていないと思い出す。
マギー様の力で、姉さんの力を取り戻してもらうかどうか。
多分姉さんなら拒否するんだろうが、一度ちゃんと明言してもらわないとな。
「ふふふ、今日のゲオルグとの試合が楽しかったのかアリーは随分と素直になっているから、聞きたい事があるのなら全部聞いておいたほうがいいわよ」
魔法が使えないと素直に認めたのは、母さんが態と漏らしたからでしょ。
「嫌だわ、態とだなんて。ゲオルグの誘導尋問に引っかかっただけよ」
そんな事やってないって。
「ふふふ」
楽しんでるなぁ。困っている俺を見て母さんは楽しんでいる。
何でも楽しもうとする姉さんの気質は、絶対に母さんの血を引いているよね。
「そうかしら?アリーのあの性格を作ったのは、私はゲオルグだと思うけどね」
言っている意味がよく分からない。俺が生まれた時には既に姉さんはああだったでしょ。
「ふふふ。まあその辺の事もアリーに聞いてみたらいいわ。まあゲオルグが生まれた頃はまだマリーも3歳くらいだから、その時の事を詳しく覚えてるかは分からないけど」
それなら母さんが教えてくれたらいいのに、性格が悪いというか何というか。
「そうね、私は性格が悪いの。だから可愛い息子には意地悪したくなっちゃうのよ」
そう言いながら、母さんは俺の左頬を指でつついて来た。
カエデを抱えている俺は激しく動いて逃げ回る事も出来ず、両頬を口の中に吸い込んで頬の張りを無くす事で、つついても面白く無いぞと僅かな抵抗を見せる事しか出来なかった。
姉さん達がシャワー室から帰って来た時、ちょうど貸切時間も終了したようで、ギルド職員のお姉さんが冒険者を10以上引き連れて競技場にやって来た。
一緒に来た冒険者達はこれから競技場を使って訓練するという。
その中の数人が俺達とすれ違う時、母さんに向かって頭を下げた。上体をしっかりと傾け、綺麗なお辞儀をしている。
一方父さんは。いや、なんとなく悲しくなるから見ないでおこう。
「子供達の前でそれは止めてって伝えてあるでしょ。じゃ、訓練頑張ってね」
母さんはやや厳しい口調でお辞儀行為を咎めたと思ったら、一転明るい雰囲気となって冒険者の皆さんに笑顔でヒラヒラと手を振っている。
お辞儀をした人達はすぐさま直立不動となり、引き攣った笑顔を母さんに返していた。
めちゃくちゃ恐れられてるな。母さんとどういう関係なのか気になるけど、聞かない方が良い気がするから黙って通り過ぎよう。
「母様、カッコよかったね」
冒険者達と別れ、職員のお姉さんに先導されて競技場を出たところで姉さんが小声で話しかけて来た。
先程の母さんの対応を見て、姉さんも母さんには直接話を聞く事をしなかった。意外にも危機管理能力が備わっている。
でも冒険者にビシッと言った母さんの行動は、姉さんの心をときめかせたらしい。
「私も将来、母様みたいな凄い人になれるかな」
サクラと手を繋いで前を歩く母さんの背中を見ながら、姉さんがぼそりと言葉を漏らす。
どう反応しようか迷って口籠っていると、姉さんが真面目な顔になって言葉を続ける。
「私は母様が好き。ゲオルグは?」
思いがけない質問に驚いたが、俺も好きだよと反射的に声が出ていた。
「ふふっ。ゲオルグには負けないよ。これも勝負だから」
母さんによく似た笑顔を作った姉さんから、宣戦布告を言い渡される。
何が勝負なのか、どうなったら決着がつく勝負なのか理解出来なかったが、俺はなんとなく、俺が産まれたばかりの頃の姉さんの態度を思い出していた。




