第21話 俺は自分の第六感を信じる
競技場を出て通路を少し進んだ先に有るトイレで、俺は時間を潰している。
立ち止まってはダメだ。
先程聞き流したはずの父さんの言葉が耳に残って、俺の脳を刺激して来る。
試合中、姉さんの姿をよく見失っていたのは確かだが、何もせずに立ち止まっていたつもりは無い。
録画でも有れば見返して、今回の自分の動きをチェックしたい。それと、姉さんの動きを。
姉さんがどういう風に移動を繰り返していたのかを想像しながら、俺は数分間手洗場に有る鏡を見つめていた。
トイレから戻ると、俺が座っていた父さんの隣の場所には母さんが移動していて、2人仲良さげに雑談していた。
心の中で母さんに感謝をしつつ、俺は空いていた場所に腰を下ろす。カエデとサクラに挟まれた素晴らしい場所だ。
「兄様、おべんとうおいしいよ。はいっ」
カエデが食べていいよとフォークを差し出して来る。フォークに刺さっていた唐揚げを口に入れ、美味しいねと返すとカエデはとても嬉しそうに燥いだ。最近カエデは人に物を食べさせる事にハマっている。お姉さん的な役割を演じたいようだ。
「ゲオルグ、今回はマリーに頼り過ぎたね」
次は何を食べさせようかと悩むカエデの向こう側から、姉さんが割り込んで来る。
「そのおかげで簡単にゲオルグの攻撃を封じる事が出来たよ」
ぐうの音も出ない。何度も俺とマリーの間を往復させる時間が勿体無いからと、マリーの足元に魔導具を放置したのは俺の判断ミスだ。マリーの風魔法でもっと頻繁に行き来させるべきだった。
魔導具を奪う行為が狡いとは言わない。その可能性を全く考慮していなかった俺が全部悪い。
「ふふふ、楽しかったね。やっぱりゲオルグと試合するのは楽しい。色々と無茶も出来るし、自分の成長を感じられる。また今度やろうね」
そりゃ勝った姉さんは楽しかろう。負けた俺は全然楽しくない。父さんからは説教みたいな小言を言われるし。
むぐっ。
カエデが差し出して来た卵焼きで、姉さんに不満を伝える口が塞がれる。俺は甘い卵焼きより塩で味付けした卵焼きの方が好きなんだけど、カエデ達が甘い方を好むから料理長はそちらをよく作る。
「まあまあ。お弁当を食べて気分転換しよう。時間が余ったらもう1戦してもいいし」
もう1戦する元気は無いよ。やりたかったらマリーかクロエさんとどうぞ。
「うん、それもいいね。ちょっと今日の私は調子が良いから、2人纏めて掛かって来ても勝てる気がするよ」
笑顔で挑発する姉さんに、2人は首肯で応じていた。
沢山持って来たお弁当箱がすっかり空になってしまった後、姉さんの提案通りに1対2の戦いが始まった。
俺は見学。今回の審判は父さんで、母さんは俺の隣でカエデ達と遊んでいる。
クロエさんが姉さんに接近戦を仕掛け、マリーが後方から援護をする形。
姉さんは激しく動き回っている。姉さんとマリーとの間に、常にクロエさんが居るように動いているんだと思う。2人を視界に入れつつ、マリーの攻撃が最短距離で姉さんに飛んで来ないように調節しているんだな。
俺にもあの動きが出来るかと自問する。
いや、無理だな。多分クロエさんへの対応に追われて、マリーの動きが目に入らない。
どうやったらあんな事が出来るんだろう。
「難しい顔をしてどうしたの?」
母さんからの質問に、たった今感じた悩みを打ち明ける。
「そうね、あれはゲオルグには真似出来ないわ。父さんはアリーのように動けって言ってたけど、ゲオルグは自分のやり方を見つけるべきね」
自分のやり方?
「アリーはね、相手の魔力の動きを感知しているの。視覚と聴覚に加えて更にもう1つ、相手の情報を読み取っているわけ。得られる情報が多ければ、それに対する最適な判断に近づいていけるでしょ。だからといって魔力感知は誰にでも簡単に出来るものじゃない。ゲオルグは相手の魔力を感じた事はある?」
ない。魔力の流れ?そんな物は感じた事はない。
五感を超えた第六感。魔力感知はその更に上の第七感とでも言えば良いのかな。そう考えると物凄く特殊な力のように思える。
母さんは感じられるの?
「そうね。今のクロエくらいに接近して来たら確実に感じられるけど、マリーくらいに離れたら薄らと分かる程度ね。それでも、クロエに視覚を集中させていてもマリーがどっちに移動したか程度は判断出来るわよ」
それは便利だな。可能なら俺もその能力が欲しい。
「図書館で本の異常に気づかなかったゲオルグにはちょっと無理かもね」
ああ、なるほど。あの感覚か。
昔姉さんが病気のローザ様を見て変な魔力が渦巻いているって言った事が有ったが、その時も俺には感じられなかった。
あの感覚を戦いに利用しているんだな。
「アリーがその力を戦闘に利用するようになったのは最近の話だけどね。魔法が使えなくなって魔力という物を真剣に考えるようになった事と、ゲオルグと頻繁に試合を繰り返していたおかげね」
ん?
今さらっと、何か大事な事を言ったよね?
姉さんが魔法を使えなくなったって。
「あらあら。つい口が滑ったわ」
母さんの笑顔。これは作為的に漏らしたなと、俺の第六感は訴えていた。




