第11話 俺は自分の感情が分からなくなる
吹き荒れる突風に対し、重力魔法で自重を増やして飛ばされないように耐える姉さんの隙を突いて放った金杭だったが、
「浮遊」
今度は逆に重力を減らす事であえて風に吹かれ、姉さんは凧のように大空へと舞い上がった。地上には獲物を取り逃した金杭が寂しそうに乱立している。
「1分経過です」
空にぷかぷかと浮かぶ姉さんにも聞こえるような大声をクロエさんが発する。
まだ時間はある。時間いっぱい大空を飛び回って逃げる。姉さんならそんな選択はしないだろうが、ちゃんと対空用の魔導具も用意してある。
「轟音と、白き光を、持つ雲よ。身に蓄えし、力を落とせ」
俺の言葉に反応して、3つの魔導具が上空へ飛び上がる。その魔導具達はぐんぐんと高度を上げ、浮遊する姉さんを追い越した。
「土盾」
「落雷」
閃光と轟音を伴った3本の雷が空を漂う姉さんに直撃。空中ではその衝撃を受け流す事が出来ず、姉さんは吹き飛ばされて急降下。庭の花壇に激突し、土埃を発生させている。
あれ?やっちゃったか?
姉さんならば防ぐと半ば確信しての攻撃だったんだけど、流石に雷3本はやり過ぎたか?
しかし俺が言霊を発するよりも早く、姉さんは土の盾を発動していたはずだが。
「ゲオルグ様、まだ時間は有りますよ。油断しないで」
「姉様、がんばって」「姉様、まけるな」
遠くから声援が耳に届く。確かに審判が止めるまでは勝負は決していない。油断せずに行こう。しかし可愛い妹達が俺じゃなくて姉さんを応援しているのは、ちょっと嫉妬する。
「余所見とは。随分と余裕だね」
声の主は花壇から起き上がり、こちらに向かって走り出していた。しっかり防御出来ていたのか、どこも怪我を追っていないように見える。さすが姉さん。心配するだけ損だったか。
よし。こちらも手を緩めないぞ。まだ魔導具はある。最後の一個になるまで、攻撃を続けてやる。
気合を入れ直し、魔導具を起動する為に詠い出す。
「萌ゆる春、芽吹いた緑、葉は刃。敵を斬る為、舞い散れ刃」
姉さんの背後にある花壇の植物達がわさわさと揺れ始める。よくも花壇を破壊してくれたなと怒っているかのように、植物は攻撃の準備をしている。
「葉じ「こらお前達!派手な魔法は禁止だって言っただろうが!」」
背後からの怒声に俺は驚き、体を強張らせて言霊を止めてしまった。発動寸前だった魔導具は起動せず、攻撃準備をしていた植物達はしょんぼりと動きを止めた。
「もらったぁ!」
怒鳴られて固まってしまった俺とは違って止まる事の無かった姉さんが目の前に現れる。
くそっ、邪魔するなよ父さん。すみませんマギー様。今日も勝てず、姉さんに答えてもらう事が出来ませんでした。
両手を上げて降参の意思を示した俺の腹部に姉さんの右拳が優しく触れて、
「勝負あり」
クロエさんが終わりを告げた。
「ご近所さんにいつも謝っている俺の身にもなれ。警備隊の事務所に菓子折りを持って謝罪に行く俺の気持ちも考えろ。もう屋敷の敷地内で戦うのは禁止だ。どうしてもやりたいのなら村の方に競技場を作ってやるからそっちでやりなさい」
姉さんとの勝負に敗北した俺は今、庭で父さんから説教を受けている。
流石に落雷3発同時発動は不味かったかと反省。光と音が凄かったもんな。
「ゲオルグが日々力を付け、次々と新しい魔導具を作っている事に俺も感心するが、もっとこう、人の役に立つ魔導具を作って欲しい。あそこの家は武器になる魔導具ばかり開発して、反乱でも計画しているんじゃないかと噂になっても困るだろ?」
子供が作った魔導具にそこまで深読みする人間がどれくらい居るか分からないが、俺は抵抗せずに父さんの言葉を肯定する。
「それから、いくら対戦相手がアリーだからってゲオルグも多少は手加減しなさい。本人が良くても周りの人間は肝を冷やす。まったく、リリーも観てないで止めてくれればいいのに」
浮遊中の姉さんに雷が直撃して花壇に叩きつけられたと聞いた父さんは姉さんを心配し、姉さんをニコルさんの診療所へと送り出した。姉さんは大丈夫だと言い張っていたが、こういう時は頑として譲らない父さんに根負けした形だ。
「はぁ。アリーとゲオルグを見て育ったカエデ達もこうなるのかなぁ。カエデなんかはアリーのあの全身を覆う格好を見て目を輝かせてたぞ。カエデもアレをやりたいって言われたらどうする?」
姉さんが喜んでカエデに伝授すると思うけど。
「まあそうかもしれないけど。とりあえず、今後庭での魔法を使った戦闘は禁止だからな。作った魔導具の試運転も村へ行ってやりなさい」
はい、分かりました。
「ではこれで話は終わり。ゲオルグはパパッと風呂場で汗を流して朝食を食べなさい。俺はご近所さんに頭を下げて来る」
あっ、それなら俺も一緒に。
「あー、じゃあ付いて来い。ただし、笑ってないでちょっとは申し訳なさそうな表情をするんだぞ」
え?俺、笑ってる?
「笑ってるよ。自覚無いのか?ちょっと待ってやるから、鏡見て来い」
父さんに送り出され、手洗所の鏡で確認すると確かに俺は笑っていた。
なんでだろう。
姉さんに負けたのに、父さんに怒られたのに、なんで笑ってるんだろう。昨晩マリーと笑顔の練習したからか?
父さんが呼びに来るまで、俺は鏡の前で頬のマッサージをしながら、自分の感情について自問自答していた。




