第8話 俺は姉からの質問に答える
「父様から許可が降りたよ。そういえばカエデとサクラはまだヴルツェルに行った事が無かったね。家族みんなで行こうってさ」
走り去って行った姉さんはそれ程時間を掛けずに帰って来た。
カエデとサクラは男爵家の村に行くくらいしかまだ遠出をしていない筈だ。デニス祖父さんもリタ祖母さんも喜ぶだろうが、東方伯は悔しがるだろうな。孫の事で祖父さん同士が啀み合うのは面倒な話だ。
「で、ゲオルグの話はなんだっけ?」
父さんから良い返事を貰った時の笑顔のまま、姉さんが質問を投げ掛ける。
ええっと。姉さんは神の存在を信じるか、って話。
「ああ、そうだったそうだった。クロエとお祖母様の話で忘れちゃった。確か、居ても居なくてもどっちでもいいって答えたよね。ゲオルグは信じてるの?」
そう、ね。俺は居るんじゃないかと思ってるよ。
「ふ〜ん。神様ってどこに居て何をやってるんだろうね。もし本当に居るのなら、会ってみたいけどね。ちょっと直接言ってやりたい事が有るから」
へぇ、何て?
「なんでゲオルグを魔法が使えない身体にしたんだバカヤロウ!って」
お、おう。笑いながら随分と過激な発言をするね。俺の事を思っての発言は嬉しいんだけど、もし神様と喧嘩する気なら俺を巻き込まないで欲しいな。
「戦えるのなら戦ってみたいけどね。でもゲオルグの事を除けば、特に神様に言いたい事はないかな。因みにゲオルグは教会で、どんな事を祈ってるの?」
俺は1年間家族皆が元気に過ごせましたって言う報告と、これからまた1年間見守っていて下さいと祈ってるよ。
「ふ〜ん。ゲオルグはさあ、神ってどんな存在だと思ってる?」
姉さんは笑顔から真面目な表情に切り替える。
どんな、とは?
先程までの姉さんの笑顔から、いつもふざけてケタケタと笑っているアマちゃんの姿を連想しながら聞き返した。
「私は神学を習ってないから詳しくは分からないけど、マギー神は女性神で魔法の神様、シュバルト神は男性神で剣術の神様なんだよね?」
一般的にはそう考えられているね。他にも、マギー様が知恵と生、シュバルト様が力と死を司っていると確か言われてるはず。
「それでゲオルグは、魔法を使えるようになりたい、とは祈らないの?」
えっ?
「そういうお願いはしないのかなぁって。強くなりたいとか、賢くなりたいとか、モテモテになりたいとか、クロエの話を聞くまでは皆そういうお願いをするのかなと私は思ってた」
まあそういうお願いをする人も居るだろうけど、俺はしないかなぁ。
「なんで?魔法の神様なんでしょ?お願いしないって事は神の存在を信じてないんじゃない?」
お、おう。ぐいぐい来るな。そんなに顔を近付けられると恥ずかしいんだけど。
「どうなの?」
何というか、神様の存在は信じてるんだけど、あまり神様の力には頼りたくないというか。あんまり頼り過ぎると神罰が怖いし。だからその、見守ってもらって、何か本当に危ない時は助けてくださいね、っていう。
「随分と言葉を選びながら話すんだね」
一歩後ろに下がった姉さんは、何か隠してるんじゃないのかと訝しんでいる。
きっとマギー様は見てるからね。変な事言ったら後で怒られるからね。なんて姉さんには言えないから、あまり考えた事が無かった話を姉さんが質問して来るから答えに困ったんだよ、と返答した。
「ゲオルグが切り出した話でしょ。まあゲオルグの考えも聞けたし、そろそろこの話は止めよっか。今度ヴルツェルでお祖母様にいっぱい質問しよう」
あっ、ちょっと待って。最後に1つ聞きたい事が有るんだけど。
「ん、いいよ」
姉さんは再び表情を笑みに戻して快諾する。
そこで俺は今回話を始めた目的の質問を切り出した。
「姉さんは、神様から今まで以上の力を与えてあげるって言われたら、有り難く受け取る?」
「要らない」
俺の質問に姉さんは短い言葉で即答した。
どうして?
「別に神様から助けてもらう理由が無いもの。もしゲオルグが新しい魔導具をくれるっていうなら有り難く受け取るけどね。あっ、その分の借りはいつかきっと返すからね」
神様にも借りを返せるなら、神様からの助力は受け取るの?例えば教会でお供えをするとか。
「教会に持って行くお供物は後で教会の職員の人達が食べるのよ、って昔母様が言ってた。だから日持ちする物を持って行こうねって。神様が居たとしても、お供物は神様の元には届いてないんだよ。勿論寄付金もね」
俺のお供物は全部神様の元に届いていて、更に全く関係の無い神の口にも入っているけど、他の人達のは違うのかな。今度マギー様に聞いてみるか。
「これで質問は終わり?そろそろ切り上げないと、夕食を食べずにゲオルグの帰りを待っていたマリーが可愛そうだよ?」
あ、そうなの?
帰宅が遅くなった事を怒られた時には何も言ってなかったのに。
じゃあこれで本当に最後の質問。
「もしよ、もし。例えばの話。姉さんが魔法を使えなくなった時、神様が再び魔法を使えるようにしてあげるって言ったら」
「アリー様」
俺の言葉をクロエさんが遮断する。クロエさんからアイコンタクトを受けた姉さんが何かを思い出した。
「ちょっと待って。そういえば質問は勝負に勝ったら答えるって話だったね。危ない危ない、すっかり忘れてた。って事で、返答は明日の勝負が終わったらね。マリーが待ってるから、ゲオルグはもう行きなさい」
マリーが待っている。その部分を強調して、姉さんは自室の扉を閉じた。
こうなったら仕方ない。夕食を終えたら、明日の準備に全力を尽くそう。
「もうっ、今まで何をやってたんですか。折角温め直したのにまた冷めちゃいましたよ。もう一度温めて直すので、さっさと席について一歩も動かないでくださいっ」
夕食を食べに向かった食堂では憤怒のマリーが待っていた。
夕食後は魔導具の調整をしたかったんだが、マリーの助力が無いと難しい。
俺は食事中にマリーから、五月蠅いので黙って食べてくださいと言われるまで、マリーに謝罪を続けた。




