第7話 俺は神について質問する
「えっ?聞きたい事があるって?」
教会から自宅に戻って来た俺は、遅くなった事に文句を言ってくるマリーに平謝りをした後、夕食を終えて自室に入っていた姉さんを訪ねた。
姉さんの部屋にはクロエさんも居て、風呂にも入らずに2人で何かの作業をしていたようだ。学校の宿題か、誕生祭の屋台の件かな。
「聞きたい事って何かな。お姉ちゃんに答えられる問題なら、何でも答えるよ。勉強でも何でも教えてあげるよ」
頼られてると思って嬉しいのか、姉さんは笑顔を振り撒いている。勝負に勝ったら、という話は忘れてるんだろうか。
でも姉さんの期待に応えられるような質問じゃないと思うんだよな。さて、何と言って切り出すか。
一旦呼吸を整えて考え、俺は慎重に口を開いた。
「今日、2つの教会でお祈りをして来たんだけどね。どちらの教会も人がいっぱいで、熱心にお祈りしてたよ。姉さんは、神の存在についてどう思う?」
俺の質問に、姉さんはキョトンとした顔を返してくる。暫しの間を置いて、話の内容を理解した姉さんが漸く動き出した。
「え、神学の話?私は神学の選択授業は受けてないからきちんとした話は出来ないんだけど。クロエは受けてたっけ?」
「いえ、残念ながら。お知り合いの中ではエマさんと王子が受講なさっていたかと思います」
「そっか。じゃあ詳しくはエマに聞いた方が良いね。あのバカ王子に質問すると長くなるから」
まだ王子と仲直りしてないんだろうか。あれ以来第一王子とは会ってないから様子が分からない。
でも、授業で習うような一般的な考え方を知りたいんじゃないんだ。姉さんはどう思ってる?
「私は、実在してもしなくてもどっちでも良い、って感じかなぁ」
なんて適当な回答。マギー様達が聞いたら驚くんじゃなかろうか。
じゃあ姉さんは、王都の教会に行った事はある?
「あるよ。2つとも大きくて目立つから行ってみたくなるよね。あの2つの教会で母様と一緒にお祈りした事もあるけど、もう随分と行ってないなぁ。でもクロエはちょくちょくと行ってるよね」
「はい。ヴルツェルに居た頃からリタ様と一緒によく教会に行ってました。今もその名残で、小麦の種蒔き時期と収穫時期には必ず行ってますね。他にも何か迷った時には行くようにしています」
へぇ、そうなんだ。リタ祖母さんもだけど、クロエさんがそんなに熱心だったとは知らなかった。
それならクロエさんは、神の存在を信じているんですよね?
「私がフリーグ家で働くようになった日、リタ様がヴルツェルに有る小さな教会に連れて行ってくれました。その時、教会の中でリタ様が私にこう教えてくれました」
『神は1人1人の心の中に居るの。皆それぞれ個別に信じる神が居て、自分の中に居る神に祈っているの。だからクロエも辛い事があったり壁にぶつかったりしたら、自分の心の神に問い掛けなさい。そうするとクロエの心の神が何か良い案を考え出してくれるわ。返事が無かったら、自分の力で頑張りなさいって事ね』
「と。その教会に赴任したばかりだった若い神父さんは、そんな事無いと怒ってましたが」
一言一句を思い出しながらゆっくりと語ったクロエさんは、リタ祖母さんの考えを余す所無く伝えられたようで、満足そうだった。
「なので私は自分の中の神に祈っています。何度も祈っていますが、未だ返事を頂いた事は有りません」
返事が無いのはマギー様やシュバルト様に向けて祈ってないからかな。まあ2人に祈っても簡単には返答しないだろうけど。
「その考え方なら教会に行く必要は無いし、自分が困った時に祈れば良いんだから毎年同じ時期に祈るのも違うよね?」
姉さんがクロエさんに質問する。割と鋭い質問内容に俺はちょっと驚いている。
「教会という場所が良いんです。雑音が無く、周りの人々も祈っているので、自分もお祈りに集中出来ます。でも王都の教会は立派過ぎて観光客も多くいらっしゃるので、多少雑音は有りますが」
ふむふむと口にしながら、姉さんは腕組みをしながら思案顔で居る。
「定期的に祈るのは気持ちを切り替えて仕事をする為です。種を撒いてからは小麦の事を考える時期で、収穫後は別の事を、と切り替えます。まあフリーグ家は他の農業や畜産業も営んでいますから、そう簡単に仕事を区切れる訳じゃないんですけど。今定期的に通ってるのはヴルツェルに居た時の名残というか、癖みたいなものです」
「ふーん。教会の神父からはなんて怒られたのか、覚えてる?」
「マギー様とシュバルト様の2柱の神は実在する。だから皆同じ2柱の神に祈りを捧げるべきで、それ以外の神に祈るなんて不敬だと仰っていました。それに対してリタ様は、『それなら王国各地の教会に有る像や絵画の顔が違っている理由は何?作者の心の中の神が現れてるんじゃないの?あと、何で柱なの?柱って言う方が不敬じゃない?』と言って攻め立てていました。その後も何度かぶつかり合っていましたが、今ではお2人はすっかり仲良しです」
「へぇ、お祖母様がそんなにしっかりとした神学の考えを持っているとは知らなかったなぁ。クロエもそんなに詳しいのなら、学校でも神学の授業を受けたら良い成績を取れたんじゃない?」
「リタ様が教師だったら受けたと思いますが、他の教師や牧師の方とは考え方が違うと思ったので受けませんでした。それに他にもっと受けたい授業が有りましたので」
「そっか。私も1度お祖母様の考えを聞いてみたいな。自分の中に神が居るなんて考えた事が無かったから。ゲオルグも興味あるでしょ?」
えっ、あっ、うん。興味、あるかな。
「じゃあ冬の長期休みには久し振りにヴルツェルに行こう。父様に相談して来るね」
あっ、ちょっと待って。まだ聞きたい事がっ。
俺の声が姉さんの耳に届くより速く、姉さんはあっという間に廊下を駆け抜けて行った。




