第5話 俺は神様に土下座している
俺は土下座の姿勢のまま固まっていた。
まだマギー様から許しの言葉を貰っていないので、顔を上げる事は出来ない。
聞こえて来るのはアマちゃんの声。俺の土下座を揶揄いながら、随分と楽しそうに笑ってる。
いつか絶対反撃してやるから、覚えてろよ、ちくしょうっ。
「桃馬」
はい、なんでしょうかマギー様。
「あんたのその、後先考えずに首を突っ込む性格、改めた方がいい。私はそういう無鉄砲な君が嫌いじゃないけど、気を付けないと早死にするよ。いくら自動治癒が有るからって、死ぬ時はこうやって簡単に死ぬんだから」
下げている頭の後頭部付近で炸裂音が発生し、俺の鼓膜が揺さぶられる。
いつでも弾け飛ばすぞというマギー様の警告に身を縮こまらせた俺は、声にならない声をなんとか絞り出し、
「肝に銘じておきます」
とマギー様に返答した。
「あはは。滅茶苦茶マギーにびびってますね。き、きもにぃ、めいぃじてぇ、おきまふぅ。ですって。震え過ぎですよ。あー、お腹痛いぃ」
「圧倒的な力の差を感じて震え上がる事は生物の本能だから、笑っちゃ可哀想なんだよ」
マキナ様フォローありがとうございます。マキナ様には来年も必ずお供物を持って来る事をここに誓います。アマちゃんには絶対持って来ねえ。
ていうかさっきからシュバルト様が一切発言してないんだけど、そこにいるよね?まさか1人で帰ったりしてないよね?
「桃馬。そのままちょっと私の話を聞いてくれ。シュバルトには絶対に治さないと啖呵を切ったが、実は私もな、この判断が正解かどうか迷っていたんだ」
この判断というのは、姉さんに掛かった魔法が使えなくなる制限をマギー様の力では元に戻さないという話の事ですね。
「ああ。桃馬の姉を早く治してやれというシュバルトの言い分も分かる。実際今まではそうして来た。シュバルトから聞いているだろうが、限界突破して魔力を消費出来るような人間は我々にとって大変重要な存在なんだ。しかし、今まで治してやった人間は、私の期待を裏切って来た」
治療した後、その人達は努力を止めて神に頼るようになった、とシュバルト様に聞きました。
「あるドワーフ族は魔法の訓練どころか仕事も辞め、周囲の同族にチヤホヤされるがままに怠惰な生活を送り、病気になって死んだ」
神から力を与えられたという話が広まって、そのドワーフ族はきっと英雄的な扱いを受けたんだろう。調子に乗ってしまったんだな。
「ある人族はそれ以降神の御告げが聞こえるようになったと人々を騙し、ある宗教の開祖となった。後年他宗教の信徒から恨みを買い、背後から刺された。因みにその宗教は現在もまだ続いているが、私は治療して以来その人族及びその宗派の人間には1度も声を掛けていない」
あー、そういうパターンもあるか。持て囃されるだけでは良しとせず、人の上に立ってやろうという野心が有ったんだろう。
「ある魚族はより危険な冒険を好むようになった。最終的には無茶な行動に付いて行けないと仲間達に去られ、1人で魔物と戦いに行って喰われた。ただの幸運もしくは仲間の助力で危険を切り抜けていたのに、その魚人族は最後まで、今まで生き抜けて来れたのは神の恩寵によるものだと信じていた」
1度助けられたんだから、2度目も3度目もって思っちゃったのかな。
「エルフ族も獣人族も同じだった。広い世界長い年月の中で各種族1人以上は治療したが、その後は皆私の意に反して魔法の才を伸ばそうとしなくなった。本能による制御を振り切って限界まで魔力を消費出来る人間は貴重な存在だ。皆が皆出来るわけじゃない。だから治して来た。怠けないように注意もした。さっきみたいに脅した事も有る。でも、無駄だった」
マギー様の声調に戸惑いの色を感じる。俺を脅して来た時のマギー様とは別人の様な暗さを感じた。
「私達は神として人の成長を信じて見守る存在だが、この件に関しては、人を信じて良いのかとずっと迷っていた。だから桃馬の姉をすぐには治さなかった。シュバルトにも教えず、その子の様子をずっと見ていた」
5月末の武闘大会から9月頭の誕生祭までずっと、か。俺が姉さんに負け続けているのもしっかり見られているんだな。
「桃馬。ここから帰ったら、あの子に聞いてみてくれないか?」
はい、何と。
「神が再び魔法を使えるようにしてあげると言ったらそれを受けるか、って」
姉さんは。
いえ、かしこまりました。確認してみます。
懇願するようなマギー様の声を耳にして、姉さんは魔法が使えると言い張っているんだからそもそもそんな話は聞こうとしない、という意見を俺は引っ込めた。
きっとまた監視するんだろう。姉さんがどう思っているかは、姉さんの口から直接発してもらおう。でも勝負に勝たなきゃ答えないって言われたらどうしようかな。
「あの子が治療を受けるって言うのなら、私はもう1度人を信じてみようと思う。その時は桃馬、姉が怠けないように貴方がしっかりと監視するのよ」
それって信じてないよね、というツッコミはこの雰囲気では口が裂けても言えず、俺は了解しましたと答えるだけに止めた。
「ぷっ、それ全く信じてないですよね。神妙な顔をしていったい何を言うかと思えば結局それですか。桃馬さん、マギーに騙されてますよぅ」
分かってる。分かってるからアマちゃんは無駄にマギー様を煽らないでくれ。もう供物を食べ切ったんだろうか。アマちゃんの口を塞ぐ為に、もっと食い物を用意して来るべきだった。
「悪いな、桃馬。信じてない訳じゃないんだ。ここ最近のあの子の様子を見てたらどんな答えが返って来るか、私も想像はつく。多分、今まで治療して来た人達とは違う反応をするだろう。それもこれも全部桃馬のお陰だ」
いえ、俺は何も。ただ普通に生活しているだけで。
「これまで何度も転生者によってこの世界の常識は塗り替えられて来た。知識も、魔法も、魔導具も、食料事情も、そして私達の常識や考え方までも。それはどの世界でも同じ事で、あらゆる世界にとって転生者は息吹であり新風なんだ。桃馬をこの世界に送り込んでくれたアマちゃんには感謝してるよ。ありがとう」
「なんですか急に気持ち悪いですね。そんなに下手に出なくても桃馬さんのお土産にはまだ手を付けてないので大丈夫ですよ。せっかく温かいのに長話して、冷めたらどうするんですか。さっさと話を切り上げて一緒に食べましょう。あっ、暖かい緑茶有りますよね。お願いします」
「私の世界から転生した子も頑張ってるから、私にもお礼を言って欲しいんだよ」
「桃馬君も一緒に食べよう。もう土下座しなくてもいいよな、マギー」
「桃馬は許してる。終わらせるタイミングを見誤っただけ。でも貴方からは謝罪の言葉を貰ってないんだけど。こんなに良い子を利用しようとして恥ずかしくないの」
「ははは、ごめんごめん。でもマギーの考えが聞けて良かったよ」
「桃馬さん桃馬さん。この空間の何処かにポットと急須と茶葉とコップが有る筈なので、マギーとシュバルトが言い争いをしている間に探して来てください。私は他に食べ物が無いか見繕って来ますので」
「私にもお礼を、ってその震え方はやばいんだよ。面白過ぎるんだよ」
アマちゃんにぐいっと引っ張られて無理矢理立たされた俺の両足は、長時間正座していた影響で痺れて言う事を聞かず、アマちゃんの手にしがみ付きながら、生まれたての子牛が初めて立った時のようにプルプルと震えていた。
4人の神様達には爆笑されてしまったが、マギー様の表情が今まで何度も見た事のある素敵な笑顔に戻って、良かったんじゃないかな。




