第21話 俺は父親の苦悩を見守る
「え、俺から東方伯に頼むの?借りを作るのやだなぁ」
姉さんがエルフ族に会いたいからと、仕事から帰って来た父さんにお願いした。
父さんは姉さんの頼みなら何でも受けると思っていたのに抵抗しているな。義父には甘え辛いか。
「そんなこと言わずに、おねがぁい」
姉さんが父さんに甘えるのは普段通りだけど、今は本気だね。
キャバクラ嬢のように撓垂れ掛かっている。もちろんキャバクラに行ったことなんて無いけど。
ていうか何処で覚えたんだろうね、そんな仕草。
「ううう、アリーの頼みは聞いてあげたいけど、東方伯に頼むのは嫌だ」
はっきり言ったな。
「私と結婚する時に随分と反対されたし、その前にも2人は色々有ったからね。アリーとゲオルグが生まれてお父様の態度は多少軟化したけど、あの人はまだダメね」
母さん、笑ってないで父さんを説得してよ。
あ、別に父さんに拘る必要ないんじゃね?
「母さんや俺たちから爺さんに仕事を頼めば解決するんじゃない?」
「んー。多分ダメね」
「ええ、なんで。良い案でしょ?」
「普通の人なら娘と孫の頼みを聞くと思うけどね。その頼みを聞いて一番得するのは領主のお前だろ、なんで自分で頼みに来ないんだ、って怒るわねきっと」
もう、こっちもめんどくさい。東方伯の言い分も分かるけどさぁ。
「爺さんはほとんど会った事ないけど、細かい事を気にしない豪快な人だと思ってた。ほんとはネチネチとして性格が悪いんだね」
「お父様は豪快で細かい事は気にしないんだけど、嫌い人が2種類居るの。1種はすぐ逃げだす人。もう1種は可愛い娘を奪って行った男よ」
父さんはもう嫌われるしかないって事だね。ご愁傷様です。
「そうだ。父さんはキュステまで行く商隊の護衛をしてたよね。その時の貸しをここで返してもらうって案はどう?」
「あの護衛は給料が出てるから、お互い貸し借りだとは思ってないでしょうね。2人が出会った頃から考えても、お互い貸しは作ってないと考えてるんじゃないかしら。だから今嫌がってるのよ」
じゃあどうしたらいいんだ。
「母さんが強く言えば、父さんも動いてくれるんじゃない?」
「私の言うことは聞いてくれると思うけど、それじゃあダメなのよ」
「どうして?」
母さんが小声になって話し出したから、俺も小声になって聞き返す。
「あの人が娘を取るか自分の自尊心を取るか見てるのよ。私は娘の事を1番に考えてくれると思ってるんだけど」
「もし自尊心を取るとどうなるの?」
「家から追い出す」
父さん気をつけて。母さんの目は本気だよ。
「あれもダメ、これも無理。もう俺には良い考えが浮かばないよ」
「あらら。ゲオルグはもう諦めるの?私には良い案が有るんだけどね」
「え、それなら教えてよ」
「私がお父様を王都に呼び出している間に、アリーがキュステに行く。もしくは、マチューに私が直接頼めば、仕事の合間を縫って隣町に来るくらいはしてくれる筈よ」
えええ、めっちゃ良い案じゃないか。
「なんでそれを姉さんに教えないの?」
「んー、先に私を頼ってくれたら教えてあげたんだけどね」
頼られなかったから怒ってるのかな?
「ごめんなさい。みんなで考えて父さんにお願いする事になったんだ」
「謝る必要はないよ。寧ろありがたく思ってるの。あの人の考えを知ることができる良い機会だからね」
爺さんを呼び出す案はすごく良いのになぁ。残念。
母さんから離れて、まだ悩んでいる父さんの下へ行く。
「父さん、色々案を考えたけど全部駄目みたい。自分の領地が発展する良い機会なんだから、もう諦めて下さい」
ダメだ。俺の声は届いてないね。姉さんに抱きついたまま目を閉じて考えている。姉さんが優しく囁く言葉しか耳に入ってないな。
「なあ、まだ時間がかかるなら帰っていいか?」
あ、ジークさんが痺れを切らした。今まで父さんを待ってくれてありがとう。じっと黙ってたから俺も存在を忘れていたよ。
「マルテに言われて、もう明日から休みを取ったんだ。明朝の馬車でキュステに移動するから、それまでにはどうするか決めてくれ。もし間に合わなくても冒険者ギルドに言付けしてくれれば、キュステに着いたらギルドで確認するから。言付けが無くても、マチューが居るか居ないかは確認して帰ってくるからな」
細かいところまで色々ありがとうございます。
じゃあ今日はもうこれで終ろう。絶対答えを出せないよ。一晩考えてもらおう。
あ、ジークさん。たまには一緒に晩御飯をどうですか?
いや、剣の稽古は遠慮します。
結局父さんはジークさんがキュステに着くまで悩み続けて、ようやく東方伯に頭を下げると伝言を残した。
姉さんは喜んで飛び回り、母さんも嬉しそうに輸送隊の商隊長へ連絡していた。
キュステへの移動には、やっぱり護衛依頼を受けるようだ。
お金のためというより、即決しなかった父さんへのお仕置きかもしれない。
依頼を受けるってことは、王都を発つ日が決まるってことだから。
父さん、もう逃げられないんだからね。




