第4話 俺は神の前で嘘を吐く
シュバルト様に手を引かれ、一瞬空間の歪みを感じながら跳躍した先は、見慣れない両開きの大きな扉の前だった。
「うん。マギーは中に居るみたいだね。じゃあよろしく頼むよ」
俺の手を離したシュバルト様はその手を扉に数度打ち付ける。神同士でも互いの領域に入る時にはノックが必要なんだろうか。
そういえば、さっき姉さんが神に近付ける存在だって言ってましたけど、あれってどういう意味ですか?
「ん?そんな事言ってたか?ちょっと口が滑ったかな。まあ、気にするな」
気にするなと言われても気になるんですけど。
「それは話しちゃいけないやつだ。どうしても気になると言うのなら記憶を操作して消去する事になる。因みに操作した副作用で他の大切な記憶も消える可能性があるけど、どっちがいい?」
あ、もう忘れました。何の話ですか?
俺が精一杯の笑顔を作って惚けた時、両開きの扉がゆっくりと開き始めた。
「それじゃあマギーの説得を頼むよ。君のお姉さんの命運は君の手の中だ。でも変な事は口走らないようにね」
笑顔を返して来たシュバルト様の後に続いて、俺はマギー様の領域へと足を踏み入れた。
「やあ、桃馬さん。お待ちしていましたよ。今日はどんな美味しい物を持って来てくれたんですか?」
俺とシュバルト様をいの一番に出迎えたのは主人のマギー様ではなく、供物を要求して来るアマちゃんだった。
いつも通り多めに持って来てはいるけど、なんで貴女が居るのかな?
「ふふふ。それは私が何でも知っている神だからですよ。桃馬さんの行動など筒抜けです。さあ、美味しい食べ物をこちらに遣しなさい」
「単純にこの時期は毎日遊びに来ているだけなんだよ。桃馬が毎年私達の分も律儀に用意してくれているから、すっかり味を占めちゃって」
「こらマキナ。何で喋っちゃうんですかっ。黙ってたらバレなかったのに。桃馬さんに尊敬されるチャンスだったのに」
お供物を催促して来た時点でしっかり軽蔑してるから大丈夫ですよ。
「大丈夫じゃ無いんですよ。神の沽券に関わる問題です」
じゃあコレは入りませんね。催促するなんて神らしく無いですもんね。
「私はそんな無駄なプライド無いから頂きたいんだよ。桃馬の優しさにはいつも感謝しているんだよ」
「あっ、自分だけ媚び売ってズルいですよ。私だって食べたいのにっ」
もう煩いなぁ。食べていいですから、ちょっと黙っててください。あっ、マギー様の分は残しておいてくださいよ。
はぁ。食べていいって言った瞬間にアマちゃんに荷物を捥ぎ取られてしまった。そんなに食べたいのなら最初から変にカッコつけないで欲しいな。
「いつもありがとう桃馬。あの2人には後できつく言っておくからな」
包装をビリビリに破いている2人に苦笑しながら、マギー様に頭を下げられる。
いえ、大丈夫です。マギー様も後で食べてくださいね。我が国で今年初めて生産した醤油で味付けした団子です。
「ああ、見てたよ。辺境に偏っていた文化が世界に広まって行くのは見てて嬉しい。残念ながら桃馬はその味に少し不満があるみたいだけど」
あはは。まあ味はそこそこなんですけど、記念なので是非。
「ありがとう。ところで、ここに来た用事は供物を持って来る事だけじゃないんだろう?」
はい。ちょっと姉さんの魔法の件で相談が有りまして。
「ああ、それでシュバルトと一緒に」
何かを得心したマギー様がシュバルト様を睨み付ける。
「随分と姑息な手を使って来るじゃないか。神同士の問題に人の手を借りようなんて、アマちゃん以上に神としてのプライドが無いんだな」
マギー様の周辺の空間で、バチバチと音を立てながら閃光が発生している。まさか、シュバルト様に攻撃を仕掛けようとしてるのか?
シュバルト様もマギー様の動きに反応して半身になり、何やら構えを取っている。受けて立つ気満々か。こんな至近距離で神の喧嘩なんて、こちらがどんな被害を受けるか分からないぞ。
ちょ、ちょっとマギー様。俺が姉さんの事を心配してシュバルト様に相談したんですよ。別にシュバルト様から頼まれたわけじゃないので、2人で喧嘩するのは止めてください。
「桃馬、嘘は良くない。桃馬が姉との対戦に文句を言いつつも、楽しんで新しい魔導具を作っていたのは見ている。姉に勝つまでは何も聞かないと考えていたのも知ってる。そんな桃馬がシュバルトに相談とは。いったい何を相談したって言うんだ?」
ええっと。姉さんに勝てる良い方法が無いかと、相談しました。その流れで姉さんの魔法に関しての話題になり、マギー様にも相談しようと。
「ふぅん。あんたはそれで、他人の手を借りて勝って嬉しいの?一度審判の不正のお陰で勝利した後、後悔したんじゃないの?」
ははは。結構ちゃんと俺の事を見てるんですね。
「まあね。それで、笑って誤魔化そうとしている貴方は、どうにも出来ない状況になると努力をせずに簡単に神の力を借りようとする怠け者だって事でいい?私がそういう人間達を嫌ってるってシュバルトから聞いてない?」
先程までシュバルト様に向けていた怒りが、中途半端な仲裁のお陰でこちらを向いてしまった。
やばい。一瞬で消滅させられそうな程の圧力を感じる。バカなアマちゃんに揶揄われているいつものマギー様じゃない。
俺はすぐさまその場で土下座し、嘘をついた事をマギー様に謝罪した。
遠くでアマちゃんが、
「土下座するなんてプライド無いのかワハハ」
と笑っている。
アマちゃんにバカにされる日が来るなんて。くそっ、土下座するよりも恥ずかし過ぎる。
もうシュバルト様の頼みなんて無視して、さっさと家に帰りたい。




