第1話 俺は父さんの嫌がらせに合う
8月末、村人総出で稲刈りが行われた。
前世の俺が住んでいた地域も稲作は行われていたが、毎年必ず台風が直撃するところだったから、稲穂はだいたい風で薙ぎ倒されていた。
しかし、我が男爵家の村周囲の気候は超安定。雨は適度に降って風は穏やか。その気候と近くを流れる川のお陰で、元々この地を治めていた公爵のずっと前の代から、公爵領は王国一の穀倉地帯。小麦を大量に育てて、王国民の胃袋を満たしていた。
そんな場所だからか、育った稲穂達は重たそうに実を付けながらも、みんなしっかりと空に向かって起立していた。
「気候だけじゃない。私がしっかりと管理してたから。ゲオルグは何もせず、美味しいところだけ持って行くみたいだけど」
シビルさん、両手に鎌を持ってそんな顔されると凄く怖いんですけど。ずっと管理を任せっぱなしだったのは謝りますから許して下さい。
「ほら、あっちの水田は男爵家の担当。風魔法に頼らず、ゲオルグも手を動かしなさい」
はいすみません。鎌、お借りします。
鎌1本を俺に手渡したシビルさんは、別の水田を見回って来ると言って去って行った。
ふぅ、怖かった。田植え以降ずっとシビルさん任せだったのは流石に不味かったか。姉さんとの戦いの準備に追われていたなんて、シビルさんには関係無いもんな。
来年はしっかりお手伝いをする事にしよう。
「来年から私達も学校に通います。そんな暇は無いと思いますが」
そうかな。姉さんはいつも自由に遊んでるし、エマさんは毎日実家の鷹揚亭を手伝ってる。時間は割と有ると思うんだけどな。
「ゲオルグ様が勉強を疎かにするのであれば、時間は作れるでしょうね」
マリーは本当に嫌な言い方するよね。それはエマさんも勉強してないって言ってるのと同じだぞ。
「エマさんって同学年では5番手以上に入る程優秀な成績を保っているそうですよ。家の手伝いをしながらも毎年ずっと上位って凄いですよね。シビルさんを手伝いながらゲオルグ様もそれが出来ると良いですね」
もうっ、本当に嫌な子だよ。サクラはマリーを見習っちゃダメだよ?
「マリーはいつもやさしいよ?」
うぐっ。サクラは既にマリーの手の中か。いつのまにサクラを手懐けたんだ。
「バカな事言ってないで、早く稲を刈っちゃいましょう。ほら、向こうからシビルさんが見てますよ。ダラダラしてると、またシビルさんに怒られちゃいますよ」
立ち止まったのはマリーが話しかけて来たからだからな。
仕方ない。明らかに睨んで来ているシビルさんには、収穫された米で何か美味しい料理を作る事で機嫌を治してもらおう。
と言っても、今手に入る素材で思い付くのはおにぎりかお粥かチャーハンか。ピラフやパエリアも出来るか。醤油が自由に使えるようになったら、親子丼やカツ丼も作りたい。カレーライスもいつか食べたいな。まあ俺としては白飯を腹一杯食べられたらそれでいいんだけど。
「ちゃーはん?おいしいの?」
美味しいぞ。お兄ちゃんが完璧なチャーハンを作ってやるから、サクラも稲刈り手伝ってな。
「うん、がんばる」
よしよし。じゃあ、やりますか。
俺は一緒に村に来た家族と共に、水が抜かれて干上がった水田に足を踏み入れた。
残念ながら稲刈り後すぐに米が食える訳じゃない。半月ほど稲を天日干しする必要がある。
すぐに美味しいチャーハンを食べられると思っていたサクラに俺は怒られてしまった。サクラを泣かせるなとカエデにも叱られてしまい、2人の機嫌を戻す為に丸一日苦労させられた。
そんな2人だが、今日9月10日は2人が主役の日。
9日から開催されている誕生祭の期間中。カエデとサクラが母さんと共に王城へ行き、国王に謁見する日。
2人はドレスやアクセサリーで着飾り、髪を母さんとお揃いに結っている。
いや、まじ天使。
可愛過ぎて直視出来ない。
いつまでも愛でていたい。
「バカな事言ってないで、私達は村の方に行きますよ。向こうでも子供達が待っているんですから」
ちくしょう。なんで今日なんだよ。なんで俺は今日という大事な日を、2人と一緒に過ごす事が出来ないんだ。
「ゲオルグだけずるいぞ、と既に男爵領のグリューンへ行っている男爵様が裏で手を回したからですよ。知ってるでしょ?」
くそぅ。羨ましいんだったらグリューンの方の日程を変更したらいいんだ。
「アリー様の時もゲオルグ様の時も男爵様はグリューンへ行ってたんですから、今更変更は出来ないんでしょ」
俺が男爵領を継いだら、絶対に子供の誕生祭と日程をずらすぞ。絶対だぞ。
「はいはい。船頭さんが待ってますから、早く行きますよ。カエデ様、サクラ様。お城は大きくて、キラキラで、人がいっぱいでビックリすると思いますが、楽しいところです。いっぱい楽しんで来てくださいね」
「うんっ。兄様もおしごとがんばって。マリーをこまらせちゃだめだよ」
「うん。ありがとうマリー。兄様、いってらっしゃい。またね」
2人とも、立派になって。涙で視界が滲んで、俺は2人の姿をまともに見えないよ。
「泣くほど悔しがる事ないでしょ、もう」
俺はマリーに手を引っ張られ、手を振って見送ってくれる2人とお別れした。




