第46話 俺は対応に追われる父さんに同情する
「アリー。もう夜遅いから、あんまり派手な魔法は止めてくれよ?」
玄関から出て門を抜けた先の路地で準備体操をしている姉さんに、父さんが駆け寄って自制を求める。
「アリー。お父さんの言う事は気にせず、好きにやりなさい」
対して母さんは王子と共にゆっくりと歩き寄りながら、姉さんを援護する。
姉さんは母さんには笑顔で返し、父さんには眉を寄せて不満を露わにした。
「アリー。どちらでもいいから、手短に頼むよ」
「うるさい。あんたは黙って見てなさい」
父さんに向けていた表情を更に険しく作り替えて、姉さんは王子を鋭く睨む。
姉さんの厳しい態度を見て、門を出て右手の路地に止めた馬車の前で王子を待っていたお付きの人達が凍り付く。或いは父さんに非難の視線を向けていた。
護衛の人達が持つ魔導具によって周囲が照らされ、皆の表情がハッキリと見渡せる。
王子は姉さんの言葉を笑って聞き流す。姉さんから離れて馬車の方に近づき、これから何が始まるのかをお付きの人達に説明し始めた。
姉さんは門の左手路地に向かってゆっくりと歩き、馬車から距離を取る。数メートル離れたところで立ち止まり、深呼吸をしながら王子の動きを注視している。
その時、門の前で家族と纏まって状況を見ていた俺は、姉さんの両手首両足首の4箇所に細長い物体が巻き付いている事に気が付いた。少し離れた所に居る護衛が持つ魔導具の明かりを反射して、それらは黄金色に輝いている。
ブレスレットにアンクレット?
普段からあまり着飾る事をしない姉さんが、珍しい。というか、夕食の時には付けていなかったように思う。
5月末以来帽子は常に被っていて、今日も夕食の前から、俺が贈った麻の柔らかいつば無し帽子を被っている。でも、それ以外の装飾品を付けているのを見た記憶が。いや、朝戦った時も何か付けてた?
「まだなの?早くしてよ」
少し説明に時間が掛かっている王子にイラついた様子の姉さんが放った声が、記憶を遡ろうとしていた俺の思考を阻害する。黙っていろと言ったり早くしろと言ったり、どんな時でもマイペースなお方だ。
「はい、もういいよ。思いっきりどうぞ」
「ふんっ」
王子の返事を聞いた姉さんは左手を真上に伸ばし、
「花火」
1つの言霊を発した。
姉さんの左手から上空に火球が放たれる。何年か前に、プフラオメ王子を助けた時に使った言霊。その時よりは手加減された小さな火球だったが、ぐんぐんと、勢い良く月夜の夜空に登って行く。
火球を目で追っていると、
「危ないっ、後ろ!」
護衛の1人が声を上げて姉さんに忠告する。
その言葉に従って視線を姉さんの背後に向けると、姉さんが放った火球と同程度の火球が迫って来ていた。
「煉土」
再び姉さんが言霊を放つ。言霊は姉さんの正面に土塊を出現させる。姉さんが右手を伸ばし、その土塊に手を突っ込む。右手を取り込んだ土塊はどろりと溶けるように形を変え、二の腕までを覆う大きな籠手が出現した。
姉さんは振り向きながら、迫り来る火球に籠手を装着した右手を下から合わせる。
「はっ」
一喝と共に右拳をアッパーの要領で下から上に突き上げ、火球を上空に弾き飛ばす。
その時、上空で爆発音。
腹に響く大きな音と共に夜空に光を撒き散らしたのは、最初に姉さんが放った言霊の1発。
視界の端で、父さんが頭を抱えている。
「煉土」
続けて姉さんが同じ言霊を発する。1度では無く、3度。
出現した3つの土塊に、姉さんは右手以外の四肢を突っ込む。
それを待っていたかのように、路地の向こう側から再び火球が姉さんに迫って来ている。
姉さんの四肢に土製の防具が形成されたところで、先程上空に弾き飛ばした火球が花火と同じように爆発。その光が、1つ、2つ、いやそれ以上の火球の姿を照らし出していた。
「どう?これで納得した?」
合計13発。迫り来る火球を13発、四肢の防具を使って上空に弾き飛ばした姉さんが自慢げな様子で王子に話しかける。弾き飛ばされた火球は最初に放った花火と同様に上空で炸裂し、周囲に音と光を撒き散らした。
既に姉さんは四肢に纏った防具を解いており、上空にはいつもと変わらない静かな夜空が戻っている。
「ああ、納得したよ。今日はありがとう。また、明日」
王子はそう言うと、急かすお付きの人に腕を引っ張られて馬車に乗り込んだ。
しかし馬車はすぐには発進しない。花火の爆音に馬車を引く2頭の馬達が怯えて動揺しているのもあるが、ご近所さん達がわらわらと路地に出て来て道を塞いでいるからだ。
そりゃあれだけ派手に何発もぶちかましたらな。
うちの娘がお騒がせしてすみませんと、ペコペコ頭を下げて回っている父さんが不憫でならない。お付きの人達も騒ぎの中心に王子が居ると不味い事になると思ったんだろうな。まだ姉さんが火球を弾き飛ばしている段階から、王子を馬車に隠そうと必死だった。
「ふふふ、アリーはどんな時も元気いっぱいね。さっ、アリーの事はあの人とクロエに任せて、私達は家の中に入りましょう」
クロエさん?
そういえば姉さんと一緒に外に出て行ってから姿が見えなかったけど、今は姉さんの側に寄り添うように立っている。今まで何を。
「はいはい、考え事は家の中でね」
母さんに左手を引っ張られ、無理矢理足を動かす。しかしマリーと3人で屋敷の中に戻った俺達の前には、興奮した様子のカエデとサクラが立ち塞がった。
普段ならもう眠っていてもいい時間だが、アンナさんと一緒に庭に出て花火を見上げていたらしい。
興奮した2人は口々にアレが凄かったコレが凄かったと、なぜか俺に向かって話しかけてくる。
「2人が眠たくなるまで相手をしてあげてね、お兄ちゃん」
母さんの一声によって、2人は俺から離れようとしなくなった。
俺は2人の対応に追われてしまい、先程浮かんだ疑問を処理する余裕が無く、この日はそのまま疲れ切ってベッドに潜り込んだ。




