第45話 俺は当たり障りの無い会話で時間を稼ぐ
メイドさんに注いでもらった温かい紅茶を口に含む。
口から食道を通り、液体は胃に流れ落ちて行く。
胃からその熱が身体中に広がり、身も心も温められる。
ふぅ、落ち着く。
「落ち着いている場合ですか。この状況をなんとかしてくださいよ」
隣のマリーから非難の声が聞こえる。そう言いながら、本人も紅茶に口を付けている。クロエさんはもう少し砂糖をくださいと注文していた。
美味しいよね、紅茶。王子も姉さんも、いつまでも俯いてないで飲みましょう。温かい物を飲むと気持ちが落ち着きますよ。
姉さんは隣に座るクロエさんからも勧められて渋々カップを手に取ったが、
「すまない。今日のところは帰る事にするよ」
と、王子は立ち上がり、食堂を出ようとした。
そんな王子を睨み付けて姉さんが口を開く。
「まだ迎えの時間じゃないでしょ。どうやって帰る気よ」
怒気を孕んだ口調で、ぶっきらぼうに王子を引き止める。さっさと帰ればと煽るかと思ったが、意外な反応だった。
「歩いて帰るよ。心配してくれてありがとう」
「あんたの心配なんかしてない。1人で帰って事件に巻き込まれて、それで男爵家が責められるようになったら面倒だから言ってるだけ。護衛が到着するまで待ちなさい」
「そっか。確かにこれ以上迷惑をかける訳にもいかないよね。気が利かなくて、申し訳ない」
「ふんっ」
王子から謝罪を受けた姉さんは、ぷいっと顔を逸らす。
「やっぱり俺にはアリーの手助けが必要みたいだ」
「うるさい黙れバカ。料理長、バカの口を塞ぐ為に何か御茶請けを。紅茶もおかわり。アッツアツのやつで」
軽い口調で恥ずかしい台詞を放った王子は苦笑しながら席に戻り、少し覚めてしまった紅茶をゆっくりと口に含んだ。
姉さんは椅子を動かし、王子に背を向けながら料理長特製の生クリーム大盛プリンを口に運んでいる。
王子とはこれ以上口を聞かない、興味が無いと態度で示している。しかし、背後の王子が体を動かすとピクッと反応する。1人で勝手に帰らないように警戒しているんだろうが、背中に目でも付いているんじゃないかと疑う程に、正確に反応している。
王子もそれに気付いているのか、偶に態と体を動かして遊んでいる、と思う。
そんな2人を目の前にして、ぼーっと考え込む。
王子は姉さんのどこが気に入ってるんだろう。本当に姉さんの魔法の力が欲しいだけなんだろうか。
逆に姉さんは王子をどう思ってるんだろう。食堂から出て行かずに近くで見張っているあたり、それ程王子に嫌悪感を抱いてはいないんだろうか。王子が1人で帰らないように監視するだけなら、他の人に任せて自分は出て行ってもいいもんな。
この2人はどういう関係なんだろう。
この2人はどこで出会ったんだろう。
聞きたい事は色々有る。しかしそれらを口にする勇気は俺には無く、当たり障りの無い会話をして時間を稼ぐ。
結局、アレから2人は一切言葉を交わす事無く、王子の迎えが来る時間が近づいて来た。
「王子、申し訳ありません。少し興奮し過ぎたようで」
王子の迎えの馬車が護衛と共に到着した。そのタイミングで食堂へ戻って来た父さんが、神妙な顔で王子に謝罪の言葉を述べる。
時間を置いて冷静さを取り戻した父さんの後ろには、笑顔の母さんが立っている。
母さんはその笑顔で、父さんだけじゃなく、対面している王子をも威嚇しているんじゃないか。そんな錯覚を起こしてしまう程、今の母さんの笑顔はちょっとした恐怖を感じさせる。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。家族団欒の機会をお邪魔したばかりか、くだらない事を言って騒がせてしまいました。しかし男爵の言葉は、自分の気持ちを考える良いキッカケになったと思っています。ありがとうございました」
謝罪と感謝を述べて頭を下げる王子に合わせて、いえいえこちらこそと言いながら父さんも頭を下げた。
「では、これで失礼します」
「ちょっと待って」
食堂を出ようとして王子を姉さんが引き止める。
「あんた、まだ私が魔法を使えないって疑ってるでしょ?」
姉さんの問い掛けに、そうだねと王子が反応する。姉さんに話しかけられたのが嬉しいのか、父さんに謝罪した時よりも表情が柔らかい。
「そんな事無いって教えてあげるから、ついて来なさい」
姉さんの言葉に疑問符が浮かぶ。
今までその時間はいくらでも有ったのに、どうして迎えが来たこのタイミングなんだ?
簡単な魔法なら食堂内でも披露出来るだろうに。それをやってくれたら俺が無理矢理話題を作る必要も無かった。
「いや、迎えも来てるから、また今度拝見するよ」
王子も何か変だと思ったのか、姉さんの提案にはすぐに乗らなかった。
「あなただけに見せるんじゃない。お付きや護衛の大人達にも見せるのよ。あなたの周囲の人達も巻き込まないとあなたは信じないでしょ。さあ、外に出るからついて来なさい」
先頭を切って食堂を出て行った姉さんの後を、クロエさんが小走りに追いかけて行く。
「さあ王子、行きましょう。女性を待たせるのは良くないですよ」
姉さんの勢いに押されて立ち止まっていた王子の背中を母さんが押す。
ゲオルグ達も早く来なさいと言って振り向いた母さんの表情からは威圧感が消え、いつもの柔らかな笑顔に戻っていた。




