第43話 俺は夕食会に参加する
ちょっと、ちょっとゲオルグ、ちょっと。
食堂の扉を少し開け、その隙間からひょっこりと顔を出して来た父さんと目が合う。声を出さずに口を動かし、俺の事を呼んでいる。
漸く仕事から帰って来たのか。既に夕食は始まっているんだから、さっさと着替えて一緒に食べたらいいのに。
父さんは俺を呼びつけながら、普段この食卓には居ない人間の背中にチラチラと視線を送っている。
まあ知らないうちに王子が家に上がって食事をしていたら不審がるか。
「ゲオルグ様」
隣に座るマリーが耳打ちして来る。マリーからも父さんの様子は見えているだろう。鬱陶しいからさっさと行って来いって事かな。
仕方ない。
俺は普段あまり食べられない豪華な夕食の手を止めて席を立った。
「まず、なんで王子が我が家に居るのか、説明して貰おうか」
態々廊下に出て来てあげた俺に向かって、父さんが威圧して来る。
仕事の疲れでイライラしているのかもしれないけど、それを俺にぶつけるのはやめて欲しい。
「ルトガーから大体の経緯は聞いた。王子がここに居る原因はゲオルグ、お前だそうじゃないか。折角アリーが王子を嫌いかけていたのに、なんで仲を取り持とうとしてるんだ」
ぷりぷりと憤慨し、徐々に音量が上がっていく。
「王子は一体何をしに来たんだ?まさか、娘さんをくださいとか、そんなふざけた事を言いに来たんじゃないだろうな。俺はまだ結婚は許さないぞ。せめて学校を卒業するまではダメだ」l
父さんの興奮が止まらない。
「それに、なんでカエデが王子の隣に座って楽しそうにしているんだ?まさか王子はアリーだけじゃなく、カエデにも手を出そうと?」
みんなが居る食堂との間には扉1枚しかないんだから、あまり大声を出すと聞こえるよ。
「聞かせてやったらいいんだ。俺はあの子らの父親だ。娘を変な虫から守る義務が有る」
いや、王子にじゃなくて、母さんに。
「むっ、それは、ちょっと不味いな」
やはり父さんを落ち着かせるには母さんの名を出すのが一番だな。
そうそう、落ち着いて。深呼吸して。
「それで、ゲオルグの口からも話を聞いておきたい。なるべく手短に説明しなさい。俺も夕食会には参加したいからな」
それならさっさと着替えて来たらいいのに。
ふぅっと1つ溜息をついた俺は、早くしろと急かして来る父さんに、そういえば朝のラジオ体操後から父さんの姿を見なかったなと思いつつ、朝のマラソン後から話を切り出した。
「王子、こんな汚く狭いところに、態々足を運んで頂いて有難う御座います。我が家の食事はお口に合っていますか?」
先程までの俺に絡んでいた時とは違う、少し他所行きの猫を被った父さんが王子に話しかける。
しかし家が狭いのは父さんの甲斐性の問題だが、汚いは毎日掃除をしてくれているメイドさん達に失礼だと思う。
「男爵、お邪魔しています。どこを見ても綺麗に掃除が行き届いていて、落ち着ける良い場所ですね。料理も大変美味しく頂いています。しかし、残さず食べ切れるか心配しています」
王子のお陰でメイドさんや料理長の顔が綻び、ほっと胸を撫で下ろす。いくら自らを下げる為とはいえ、父さんも家内の火種になるような事は言わないで欲しいな。
「父様。たべものがいっぱいあるよ。きょうはおまつり?」
王子の隣で握り締めたフォークを掲げながら、カエデが声を上げる。何も無い日に食卓いっぱいに料理が並ぶ事なんて無いもんな。姉さんに煽られた料理長達が腕を振るった結果にカエデも興奮しているようだ。
「お祭りじゃないけど、いっぱい食べなさい。王子と料理長にお礼を言うのも忘れないように」
「うん、きーふぁー、ありがとう。りょーりちょーもありがとう」
無邪気にお礼を言うカエデの言葉を聞いて、父さんの表情が曇る。カエデが王子の名を口にした事が気に入らないんだろうな。応接室で時間を潰す間にカエデは随分と王子を気に入ったようだ。カエデの初めての友達と言って良いかもしれないな。
カエデの件で心揺さぶられた父さんも食卓に座り、王子を囲んだ夕食会が再開される。
カエデが笑顔を振り撒いて場を盛り上げ、偶に母さんや父さんが王子に質問をする。俺は基本的に聞き役に回り、時々会話に巻き込まれながら、隣に座るサクラの食事を助けていた。
そんな夕食会が佳境を迎えた頃、お腹いっぱいになったカエデとサクラがアンナさんに連れられて食堂を出て行った。まだデザートが出て来てないんだけど、流石に別腹は無理なようだ。料理長が少し残念そうにしていたけど仕方ないね。また明日にでも食べさせてあげて欲しい。
その2人が出て行った後、今まで黙って食事を続けていた姉さんが、
「王子、なにか私に言いたい事、有るの」
と、王子を睨み付けた。
その姉さんの態度に王子は笑顔で対応する。
「言いたい事はあるけど、ここで言っていいのかな?」
王子が周囲を見渡す。カエデとサクラは居なくなったが、メイドさんや料理長達はまだ声の届く位置に居る。その人達に聞かれてもいいのかという意味だろうな。
「いいから、さっさと言って」
今度は笑顔というより、苦笑だな。まあ機嫌の悪い時の姉さんはこんなもんだ。王子もそれはよく知ってるだろう。
「ではお言葉に甘えて。アリー、君はまだ魔力が回復してないよね?入院して以来、未だに魔法は使えないんじゃないか?」「使える」
間髪入れずに姉さんが反論する。
「でも最近歩いて登校して」「使える」
「魔術実習の単位を落としかけていると」「使える」
「この前校内で喧嘩した時も」「使える」
「だったら魔導具で魔力量を測定して」「使えるったら!」
王子の疑問に全て同じ答えで返した姉さんは、怒りを王子に向けている。
そんな姉さんに対して優しい笑顔を王子が向けた事で、更に姉さんの火が激しく燃え上がる。
いつか姉さんが王子に殴りかかるんじゃないかと張り詰めた空気の中、
「なんだそんな事か」
と、ぼそりと漏らした父さんの声が食堂内に広がって行った。




