第41話 俺は話の流れに戸惑う
第一王子としっかり話し合え。
その言葉を途中で遮った姉さんは、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨みつけている。
5月末から1ヶ月以上逃げ回ってるんだ。嫌なのは分かる。
「ゲオルグの裏切り者」
ぐふっ。
小声でぼそりと非難して来た姉さん言葉が、鋭い武器となって俺の胸に突き刺さる。
俺だって姉さんが嫌がる事はしたくないんだよ。でも、そうしろと指令が。
俺に指示を出して来た司令官は、我関せずといった様子で食後の紅茶を楽しんでいる。だが全ての罪を俺に擦りつけようったってそうはいかない。クロエさんも姉さんから非難されるがいい。
「姉さん、あの人が主犯です。あの人に頼まれました」
俺は騙された、利用されただけなんだと、姉さんに訴える。
その言葉を聞いた姉さんは首を横に振る。
「クロエが私を裏切るわけ無いでしょ、この卑怯者」
ぐっはぁ。
今度はしっかりと声を出して非難して来る。クロエさんの名前を出す事で、姉さんの逆鱗に触れてしまったようだ。
いやいやいや、これ見てよ、これ。俺はこの紙に書かれた指示通りに発言しただけだから。
俺はポケットに忍ばせていた紙切れを取り出して姉さんに見せる。内容を確認した後に握り締めてポケットに隠したからくしゃくしゃにはなっているが、書かれている文字はしっかりと見える。
これ、クロエさんが渡して来たんだよ。信じて。
しかし、紙切れに書かれて文字を一瞥した姉さんは語気を強めて、
「これはクロエの字じゃない。クロエが書く文字はもっと丸っこくて可愛いから。でもこの字は、アンナでもエステルでもエマでもない。勿論私でも。自分で書いた?それとも他の誰かに頼んで書いてもらった?正直に言いなさい、この嘘吐き」
筆跡が違う?
まじかよ。そんな罠が。
俺が証拠品だと提出する事を見越していたとでも言うのか?
「もう一度聞くけど、これ、自分で書いた?今正直に言ったら怒らないから言いなさい」
姉さんが食卓の向こうから身を乗り出して迫って来る。無理矢理笑顔を作っているが、負の感情を抑えきれてない。それにその台詞は、絶対に怒る人が言う台詞だ。
しかしこのままでは完全に俺が悪者になる。なんとかして身の潔白を証明しなければ。
姉さんちょっと聞いて。俺はこの紙を渡されただけなんだ。ペンが手元に無いから書いて示す事は出来ないけど、これは俺の字じゃないよ。ね、マリー。
「さあ、ゲオルグ様の字のような気がしますし、違うような気もします。私には判断出来かねます。私の字じゃない事は断言出来ますが」
マリーはニヤニヤと笑みを浮かべながら、助けてくれと伸ばした俺の手をはたき落とす。ズルして勝とうとするからですよとその態度が言っている。
この、裏切り者っ。
「裏切り者はゲオルグでしょ。さあ吐きなさい。誰から頼まれたの?吐くまで逃さないから」
席を立ち、食卓を回り込んで来た姉さんに、両肩を掴まれて前後に揺さぶられる。
しかし揺さぶられながら行った俺の必死の弁明は、クロエさんがそんな事をする筈が無いと信じて疑わない姉さんの耳には届かない。
アンナさんとエステルさんが村から飛んで来て姉さんが学校に行く時間になるまで、俺の肩はずっと悲鳴を上げていた。
「やっぱりズルはダメですよ。正直に生きましょう」
姉さん達の登校を見送った後、マリーが諭すように口を開く。
冷静を装ってはいるが物凄く嬉しそうだ。俺が姉さんに詰め寄られている時も、全く間に立ってくれなかったもんな。少しは助けてくれたっていいのに。裏切り者め。
「裏切り者と呼ばれるのは心外ですね。私はいつでもゲオルグ様の味方ですよ。味方ですが、ゲオルグ様の為にならないと思った事には手を貸しません。反対に、為になると思った事には、ゲオルグ様が嫌がっても口を出します。だから、そろそろ勉強を再開しましょう」
ついでとばかりに勉強を持ち出しやがって。マリーの言う通りに勉強したら、俺が助けを求めた時に助けてくれるのかよ。
「だから、ゲオルグ様の為になると思えば助けますし、そうじゃないと思えば助けません」
少しイラッとして反論した俺に対して、聞き分けのない子供に言い聞かせるよう、ゆっくりと語りかけて来る。
「クロエさんに上手く騙されましたね。審判が不正を犯す時には何か裏が有ると、これで学べましたね」
くそぅ。反論出来ない。何も疑わずに勝利を喜んだ俺が悪いと言われればそうだ。正直に一撃喰らったと言えと、マリーは主張していたのに。
「分かっていただけましたか。私の行動は全てゲオルグ様の為なんですよ」
そのドヤ顔が更に腹立つ。4月は路上や西方伯領で喧嘩したくせに。
「アレもゲオルグ様の為です」
まったく悪びれずに言いやがって。
ああ、もう。勝手にしてくれ。姉さんと絡んで疲れた後に、マリーと言い合って体力を使いたくない。
「では、今日はしっかり勉強しましょうね」
はぁ。マリーがそれで満足するならもうそれでいいよ。
夕方、姉さんが不機嫌そうな表情で帰って来た。その隣には特に感情を示していないクロエさん。アンナさんはエステルさんを連れて村に飛んで行ったようだ。
そして2人に遅れて、
「あ〜、急な話だけど、夕食に呼ばれて来たよ。お邪魔します」
少し戸惑った様子の第一王子が屋敷に入って来た。
「ゲオルグに負けたからね。仕方ないからさっさと終わらせる事にした。料理長に王子を唸らせるような料理を出してもらうよう頼んで来る」
早口で捲し立てた姉さんが、足早に食堂の方に去って行った。
「ゲオルグ君、なんだかよく分からないけど、ありがとう」
第一王子に歯切れの悪い礼を言われた。クロエさんに視線を向けると、頷きだけで返された。
話の流れがよく分からない。誰か、もっと詳しく説明して。




