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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第8章
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第38話 俺は組み打ちに参加させられる

 7月末、今年も競艇が開催された。


 競艇は5月の武闘大会と同様に毎年行われる行事となったが、開催地が王都ではなく、馬車で数日行ったところにあるボーデン公爵領だからか、魚人族以外の王都民の間ではあまり話題になっていない。


 それは男爵家内でも例外ではなかった。


 これまで男爵家は毎年競艇に参加していた。しかし、姉さんが去年競艇3連覇という偉業を成し遂げ、もう競艇は引退すると宣言した事から、今年は一艇も舟を出していない。引退すると言いつつ結局参加するんじゃないかと思っていたから、宣言通り引退して正直驚いた。


 村の方からも参加希望者及び観戦希望者は現れなかったようで、父さんのみ1人寂しくボーデンへ旅立った。父さんは造船所のダニエラさんと何かコソコソと計画していたみたいだからしょうがないね。


 7月の姉さんは、去年までは毎日学校が終わると村で競艇の練習に明け暮れていた。


 しかし今年は村へは行かずに王都でクロエさんと日々を過ごしている。


 相変わらず王子からは逃げ回っているみたいだ。




 8月に入ると、姉さんは早朝マラソンの後に、クロエさんと庭で無手同士の組み打ちをするようになった。


 クロエさんが激しく動き回って撹乱しながら、姉さんの死角から隙を突いて拳や蹴りを繰り出す。姉さんは一箇所に留まって移動せず、その場でクルクルと回転しながら動き回るクロエさんに対応する。クロエさんの攻撃をガッチリ防御し、もしくは華麗に捌き、タイミングを見計らって反撃を繰り出す。


 お互い魔法も秘技も使用せず、体術のみで攻防を繰り返していた。


「今度試験があるんだよ。ゲオルグも一緒にやる?」


 数日間見学していた俺に姉さんが参加を提案する。8月上旬にある試験が全て終わると、半月程の長期休みに入るらしい。その試験の練習になぜ俺が。


「攻撃側、防御側、どっちでもいいよ。ちゃんと寸止めするし」


 どう断りの言葉を述べようかと考えていると、姉さんが拒否を許さない空気を作り出す。


「なんだったら武器や魔導具を使ってもいいよ。でも、スッパリ斬れる刃物とかはやめて欲しいかな」


 そんな鋭利な刃物は流石に使わないけど。


「じゃあ、いつでもかかって来なさい」


 やるとも言ってないんだけど。


 姉さんは目をキラキラと輝かせて、俺が動き出すのを待っている。マリーやクロエさんは口を挟まない。こうなった姉さんを止める術は無いんだと2人はよく知っている。


 はあ。仕方ない。ちょっとだけやるか。でも、お言葉に甘えて魔導具は使わせてもらおう。


「いいよいいよ。さあ、準備して」


 俺は一度自室に入り、棚に置いていたリュックの中に腕を突っ込んで、村の倉庫からいくつかの魔導具を取り出した。




「ほー、盾かぁ。しかしそんな大きな盾、ゲオルグに扱えるのかな?」


 自室から庭に戻って来た俺は、早速魔導具を起動させて上半身を覆い尽くす程の大きな土の盾を展開した。


 武闘大会でサンダーバニーの雄と対峙した時にクロエさんが使用した魔導具と同じ物だ。


 あの時、クロエさんはこれを持ち上げて駆け抜けていたが、流石に俺はこれを持って機敏には動けない。きっとクロエさんは秘技を発動してパワーアップしていたんだ。俺が非力なわけじゃないはず。


 俺は姉さんと距離を取り、やや縦長のその盾をドシンと地面に設置して、動き回らずに防御に徹する姿勢を見せた。少し屈めば盾にすっぽりと隠れられる程の大きさ。地面と接している盾の下方は少し尖っていて、そこを中心にその場で回転する事は容易だ。


「ふむふむ。じゃあ私が攻撃、ゲオルグが防御でいいんだね」


 うん。


「よし、じゃあ時間は3分。私がゲオルグに一撃入れたら私の勝ち。ゲオルグは制限時間内に攻撃を受けなければ勝ち。もしくは反撃して私に一撃を入れたら勝ちね」


 いつの間にか勝負事にされてしまった。まあいいか。お腹も空いたし、さっさと始めよう。


「じゃあクロエ、合図宜しく」


 クロエさんの始めの声と共に、姉さんが真っ直ぐ突っ込んで来た。




 駆け寄った姉さんが軽く左拳を出して盾を中心を叩く。盾の硬さを確かめるような叩き方で、大した衝撃もこちらには伝わって来ない。


 叩いた直後、姉さんはニヤリと笑って体を屈める。盾を利用して俺の死角内に入った姉さんはすぐさま盾の左側に現れ、体を捻りながら攻撃態勢に入っていた。


 俺はその姿に反応して盾を回転させる。


 ドン。


 動かした盾を介して衝撃が手に伝わる。その衝撃で後方に倒れそうになるのをなんとか踏ん張って堪えた。


 移動と共に繰り出して来た姉さんの右ストレートを辛くも盾で防御出来た。割と力強く盾を殴り付けていたが、姉さんの右手は大丈夫だろうか。


 その時。


 ピキピキピキと音を立てて、土の盾に亀裂が走る。


 崩壊はしなかったが、後一撃喰らえば分からない。


 素手でこの盾を破壊する?そんなバカな。


「ふっふっふ。もう一撃、喰らえっ」


 盾に隠れた姉さんの不敵な声。


 もう一度、ドンと鈍い衝撃音が発生した時、俺を守る筈の盾はボロボロと崩れ始め、視界内に現れた姉さんの右腕には金属製の小手が装着されていた。

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