第37話 俺は姉に帽子を贈る
姉さんとマリーが入院してバタバタした5月が終わった。6月はあっという間に過ぎ去って7月に入り、どんどん上昇する気温を肌で感じている。
男爵家の村に行くと、順調に背丈を伸ばす稲を見る事が出来る。小麦とは違う植物の成長に村の住民達も興味津々。広範囲な水田の管理を担当してくれているシビルさんには感謝だ。米を収穫出来たら、美味しい料理で報いたい。しかし、ドーラさんとバスコさんはどこにいるんだろうか。
ロミルダが作った水槽も村内で順調に稼働している。魚人族の協力を得て一部改良した水槽は、観賞用以外に生簀にも活用されることになった。海水にも対応出来るようにした事で、これで村の宿屋でも毎日新鮮な海の魚を調理出来るとエマさんのお父さんが大喜びだ。
改良後、魚を問題無く飼育出来ると判断された水槽は少しだけ量産して販売した。鷹揚亭や魚人族の料理屋でも使用されている。今後、船着場の親方や造船所のダニエラさんと共同で、船に設置する生簀を作って販売していくんだと父さんが盛り上がっていた。あまりロミルダの負担にならない形で行って欲しいが、ロミルダを除け者にするのも止めて欲しい。まあ、適度な感じで。
俺はマリーが発する勉強しろ勉強しろという圧力から逃げながら、帽子を着用する姉さんの為に、夏にも涼しい帽子を探してプレゼントした。
まず思い付いたのは麦わら帽子。やっぱり夏と言ったらこれ。
随分昔に東方伯領北の村で買った麦わら帽子を姉さんは愛用していたが、経年劣化は免れず、しかもあれは鍔が広い帽子だから室内で被り続けるのには都合が悪い。なので鍔が狭い帽子と鍔が無い帽子を作ってもらった。
お願いしたのはレベッカさんのお母さん。以前麦わら帽子を買ったお店の店主だ。しかし俺が東方伯領まで気軽に行く事は出来ない。だから父さんと相談してルトガーさんにお願いした。姉さんへの贈り物関連で父さんを除け者にすると後が怖いからね。
俺の注文を快く引き受けてくれたお母さんに対するお礼と言ってはなんだけど、カエデとサクラの分の麦わら帽子も注文した。あと、村の子供達用にも。ははは、父さんから頂いた資金をだいぶ使い込んでしまった。
それから、エルヴィンさんの実家のハンデル商会にいくつか帽子を注文した。
1つは椰子の葉っぱを編んで作った帽子。この国ではあまり見かけないけど、南の国の沿岸部では一般的な帽子なんだとか。麦わら帽子とはまた違った良さがあると店員さんに力説されて、3パターンくらい輸入してもらった。あまり頭部が透けて見えないよう、目の細かい編み方が良いかな。
もう1つは麻の帽子。代り映えしない国内産だけど、麦わら帽子より柔らかくて触感は悪くない。やっぱり夏に被った時の快適さを考慮すると植物性になる。
ハンデル商会が得意とする革製品を選ぼうかと思ってたんだけど、魔物革も含めて革製品は夏にはちょっとねと店員さんも薦めて来なかった。
正直者の店員さんだ。男爵家がハンデル商会の店舗内で定期的にぬいぐるみ販売を続けているお陰かな。でもお礼に、カエデ達の分も含めていくつか購入した。
姉さんは贈った帽子を喜んで使用してくれている。
カエデ達に麦わら帽子はまだ少し大きかったけど、姉さんと3人で帽子を被って並ぶ姿は微笑ましかった。父さんなんか自分の持ち得る限りの語彙を駆使して3人を褒め称えていた。
色々な帽子を買ったと父さんに報告した時、渡した金を全部使い切る必要は無かったんだぞと愚痴られたが、喜ぶ娘達の姿を見て機嫌は戻ったようだ。
しかし、7月に入っても姉さんの髪はまだ戻らない。
俺がマリーの圧力から逃げ回ってるのと同様に、姉さんも第一王子から逃げ回っているらしい。
姉さんが退院してから1ヶ月とちょっと。学校が休みの日、王子は必ず午前10時に我が家に姉さんを訪ねて来る。
姉さんはそれより先に家を出てどこかへ向かう。どこへ行くかは教えてくれない。俺が裏切る可能性を考えているんだろうか。俺は姉さんの味方なんだけどな。
「そうか。ではまた来るよ」
姉さんの不在を伝えると、王子はいつもそう言って帰って行く。男爵邸に上がって姉さんの帰りを待つ事も、訪ねて来る時間を変える事もしない。
会えない事が分かっているのに行動を変えようとしない。姉さんも頑固だが、王子も頑固だ。
「生真面目に同じ行動を取り続ける事で、誠実さをアリーに示そうとしているのよ。何をしようとしているのかは知らないけど、私達は放っておきましょう」
母さんの言葉を聞いて、俺もそうする事にした。姉さんと王子の2人の問題だからな。
「アリーは自分の意に反して何度も何度も同じ事をされるのを嫌う。このまま王子を嫌いになれば万々歳だ。いいぞ王子もっとやれ」
父さんの言葉を聞いて、俺はこういう父親にはならないようにしようと思った。




