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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第8章
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第33話 俺は視界に入った光景に驚愕する

 いつもの時刻になっても起きて来ない俺を心配してやって来たルトガーさんに急かされ、寝間着から運動着に着替えて部屋を出る。


 皆が待っている庭に前を小走りに通り過ぎ、脱衣所に脱いだ寝間着を置きに行く。


 夜中俺が汗だくになって脱いだ寝間着や替えたシーツが脱衣所の洗濯籠に入っている事を見つけて、夢と現実の境目を確認する。


 夢、現実、夢、現実、だな。姉さんが関わるおかしな夢を2回見た、そういう事だ。


 ちょっとずつ細部を忘れて行っているが、変な夢だったのは間違いない。幼い姉さんと現在の姉さん。あの2つの夢に何か関係があるんだろうか。何かの異変を知らせる前兆なんだろうか。


「坊っちゃま、皆さん待ってますよ」


 夢の内容を反復しようとしていた俺をルトガーさんが現実に引き戻す。


 そうだね、ぼーっとしている暇は無かった。


 洗濯籠に新たな洗濯物を放り込んで、俺は深夜のそれとは違う汗をかきに庭へ向かった。




 ラジオ体操後のマラソンを終えて玄関に戻って来ると、奥から賑やかな声が聞こえて来た。あれは父さんの声だ。


 いつもは眠いだの仕事に行きたくないだの愚痴っている父さんが、こんな時間に元気なのも珍しいと訝しんでいると、近くを通ったメイドさんがその理由を教えてくれた。


 姉さんが意識を回復して、退院して来た、と。




 走って流した汗を拭いもせず、俺は賑やかな声の下へと急いだ。


 辿り着いた場所は食堂。閉まり切らずに少し開いた扉から、父さんの陽気な声が漏れ出ている。。


 よっぽど嬉しいんだろうな。


 気持ちはわかるよ。


 その声に釣られるように両頬が上に引っ張られるのを感じながら、俺は食堂の扉を開いた。




「やあ、ゲオルグおはよう。こんなに清々しい朝なのに、なんて顔をしてるのよ」


 食堂に一歩足を踏み入れ、パッと視界に飛び込んで来た光景に唖然としている俺に向かって、姉さんが普段と変わらない調子で声を掛けて来た。


 姉さんを中心に家族が食卓を囲んでいる。その輪の中にはエステルさんとクロエさんも居た。ワイワイ賑やかに会話しながら食事を進めるその風景はいつも通りの風景だったが、1つの見慣れない光景に俺は開いた口が塞がらなかった。


 微動だにせず一点を凝視する俺の視線に気付いた姉さんが口をひらく。


「あ、これ?やっぱり気になる?目が覚めたらこうなってたんだよね。多分そのうち元通りになると思うんだけど。でもこれ、かっこ良くない?」


 姉さんが自身の頭を触って撫で回す。


 姉さんは昔から母さんと同じ綺麗な栗色の髪を大切にしていた。大好きな母さんと一緒にしたいと、母さんに似せた長髪をずっと維持していた。


 しかし。


 今、俺の目の前に居る姉さんの頭部には、自慢の栗色の髪は1本も残っていなかった。




 朝食を食べ終えた俺は前日にマリーに頼まれた本を持って診療所へやって来た。姉さんは退院したが、マリーはまだ入院している。


 朝から診療所の待合室には診察の順番を待つお年寄りの姿がちらほらと見える。相変わらず忙しそうだ。


 受付の看護師さんに挨拶をし、時間が出来たらニコルさんと話がしたいと伝えて奥に進む。入院室の扉をノックして中に入る。


 入院室ではマリーがベッドから起き出して体を伸ばしていた。早朝の診察でニコルさんから少し動いて良いと許可が出たらしい。今日一日過ごして問題が無かったら明日退院となるようだ。


 ご心配をお掛けしましたとマリーに言われたが、まだ退院が確定した訳じゃないんだから無理するなよと念押しする。大丈夫ですよと言うマリーに頼まれた本を手渡して、俺は別のベッドに目を向けた。


 昨日まで姉さんが眠っていたベッドは蛻の殻。綺麗にベッドメイキングされていて、次の入院患者を待っている。


「もうアリー様には会いましたか?」


 ベッドを見つめている俺の背後から聞こえた言葉に、会ったよと返す。まだ休んでいた方がいいと思うが、もう今日から学校に行くって言ってたよ。


「私が朝目覚めた時には、既にアリー様は体を起こしていました。声を掛けると笑顔で返してくれましたが、その両手には自身の抜け落ちた髪が握られていました。恐らく、私が声を掛けるまで1人で」


 泣いていたって?


「恐らく。アリー様は大雑把に見えて結構髪を大切にしていたんですよ」


 知ってる。


「脱毛は魔力を使い過ぎた弊害じゃないかとニコル先生は仰ってました。そんな患者は初めて見たけど、とも仰ってましたが」


 つまり原因不明って事ね。大事な時に役に立たない医者だ。それでも巷で有名な名医か。


「それほどアリー様が規格外な行動を取って私を助けてくれたんです。私は髪を失って悲しむアリー様の為に何も出来ず、不揃いに抜けてしまった頭髪をアンナさんに剃らせるアリー様を、見守る事しか出来ませんでした」


 そう、あの頭はアンナさんが剃ったのか。


「眉毛も抜けていたので、全部剃ってニコル先生が眉毛を書いたんですけど、気付きました?」


 へえ、気付かなかった。頭部に目が行き過ぎていたな。


「眉毛の書き方はアンナさんが習っていました。私もアリー様の為に何か出来る事は無いでしょうか」


 無いだろうね。可愛い帽子を用意してあげるくらいかな。


「なんか適当じゃないですか?もっとちゃんと考えてくださいよ」


 今まで全く対面した事が無い事態に遭遇したのに、そう簡単に良策を思い付く訳無いだろ。


 取り敢えずマリーは姉さんに助けられたその命を大事にする事が1番の恩返しじゃ無いのか。


 だから正式に退院出来るまでは、興奮して動き回らずに大人しくしていなさい。


「はい、その通りですね」


 素直にベッドに潜り込んだマリーの側に腰掛け、姉さんの今までの事、これからの事を2人で話し合いながら、ニコルさんの時間が空くタイミングを待つ事にした。

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