第28話 俺はクロエさんと連携する
「お、ゲオルグ、気が付いたか。マリーの方はどうだ?」
マリーの事を姉さんに任せ、クロエさんと一緒に荒ぶるサンダーバニーの元へ近付こうとすると、なんとも呑気な声色で父さんが声を掛けて来た。
俺はそんな父さんにちょっとイラッとして、危ない状況だと短く答えた。
「そうか」
俺よりも短文で返して来た父さんはそれ以上何も言わず、貴賓席の方を1度しっかりと睨み付けた。
睨んだ先に居るのはきっと西方伯だろう。家族を連れて観に来ていた筈だ。騒ぎに巻き込まれないよう、既に避難している可能性も有るが。
「ゲオルグ様、早くサンダーバニーを捕らえて戻りましょう。マリーさんを助ける為にアリー様が無茶をしないか心配です」
クロエさんは後方の姉さん達にチラチラと視線を送っている。今姉さんが暴走したら止められる人間は近くに居ないからな。心配になるのも分かる。
「ちょっと待てゲオルグ。怒るサンダーバニーの対処法は長期間魔法を使わせて疲弊させ、落ち着かせる事だぞ。無駄に接近すると興奮が持続するし、雷撃魔法の直撃を喰らいやすくから接近はダメだ」
その知識は西方伯から?
「西の国ではそう対処していると西方伯から聞いているし、西の国へ行く事のある冒険者達にもその知識は広まっていた。実際に対峙した事がある者は居なかったが」
ああ、だからサンダーバニーを取り囲んでいる大人達はサンダーバニーに近付こうとしていないのか。
「武闘大会の決勝戦が遅れてしまうが、今はそれを気にしている場合では無いからな。サンダーバニーはまだ疲れを見せていないから、もう暫くこの状態を維持する事になっている」
しかしアミーラは、『雄は自身が魔力不足で倒れるまで全力で動き、雌を守ろうとする』と言っていた。疲れたからと言って途中で落ち着くなんて事は無いように思うけど。
「ではどうする。他に何か良い手は有るのか?」
父さんの言葉に首肯で答える。
先程リュックの中から魔導具を取り出した時にクロエさんに伝えたアミーラの言葉を思い出し、父さんにも話した。
『雌のサンダーバニーはその長い毛使って雷撃魔法を操る。毛の短い雄は額の角を使う。突進からの刺突にも使うその長く鋭い角で、雌の電撃を受け止めて蓄えるんだ。だから、雄を黙らせたい時はその角をへし折ってやればいいんだぞ』
「角を折るって、近寄る事も難しいのにそんな事が簡単に出来るのか?」
アミーラの言葉を父さんが訝しむ。
簡単では無いけど、弱点は聞いてるから多分大丈夫。
雌ウサギはなるべく傷付けずに西方伯へ返すんだろうが、雄ウサギは傷付けても大丈夫だよね?
「まあ、そうだな。まさか西方伯が飼っている雄ウサギをここまで連れて来た訳じゃないだろうからな」
ははは、まさかそんな事あるわけないよ。
じゃあ雄ウサギの角をへし折る方向で行くけど、父さんには少し雄ウサギの気を引いておいてもらいたい。それから捕縛用の魔導具を渡しておくから、隙を突いて4匹の雌ウサギを捕まえて欲しい。
「分かった。無茶はするなよ」
はい。
父さんがサンダーバニーを囲む冒険者達と連携する為に移動した後、俺はクロエさんと共に雄ウサギの背後に移動してゆっくりと標的に近寄って行く。
標的はこちらを意識しておらず、正面の敵に向かって雷撃魔法を放っている。魔法を放った後にはすかさず側にいる雌ウサギが電撃を雄に向かって放ち、力を渡している。雄もそうだけど、案外雌ウサギの方も魔力量は豊富だ。
これから行う作戦は既にクロエさんと共有済み。必要な魔導具もクロエさんに渡してある。頼むよクロエさん。
左斜め後ろについて来ているクロエさんに目配せをして合図を送る。クロエさんが首を縦に振った事を確認して、俺は魔導具を起動し、目の前の地面に放り投げた。
ピキピキピキと音を立てて目の前の地面が凍り始める。魔導具に込められた氷結魔法によって凍土が広がり、競技場内の一部が過ごし辛い気温へと変わっていく。マリーが倒れている方向へは広がらないように拡散する向きには注意しないと。
ふかふかの毛を持つ雌ウサギは気付いていないようだが、短毛の雄ウサギは気温の低下に敏感に反応する。
今まで目立つ行動を取る父さん達に向かって放っていた雷撃を足元に1発放って凍土の浸食を妨げた。その動きに雌ウサギ達も異変に気付き、凍りつく地面から逃げ、雄ウサギを温めようと密着する。
仲間意識によって動きを止められたその隙をついて、クロエさんが飛び出す。
足を止めた雄ウサギに向かって走るクロエさんは、両手に1つずつ魔導具を握っている。
1つは氷結魔法。走りながら起動させた魔導具は、それを握りしめた右拳に冷気を纏い、更に気温を下げてウサギ達の活動を阻害する。
もう1つは土魔法。迎撃して来るであろう雄ウサギの雷撃魔法を確実に1回は防御出来る土の盾。大人気無いアミーラの本気の1発には耐えられなかったが、アミーラの推測では防御出来る筈だ。
俺はクロエさんの影に隠れ、魔導具の武器を抱えて追い掛ける。警戒されないようにチャンスは1度きり。何度も言うけど、頼むよクロエさん。
クロエさんの接近を許さない雄ウサギが雷撃を放つと同時に、クロエさんは走るのを止めずに土の盾を展開した。




