第22話 俺は小動物となった少女を見つめる
なあ、マリー。
俺の事で怒ってくれるのは本当に嬉しいんだけどさ、せめて俺が一緒に居ない時は控えてくれない?
「ふぁい、ふみまふぇん」
うん、料理長が作ったハンバーグ美味しいよね。その隣にある奴は中にチーズが入ってるよ。おかわりもあるみたいだからゆっくり食べて。
「ふぁい、おいひいれふ」
うん、食べながら返事しなくていいから。行儀悪いよ。いつもは俺に注意して来るくせに、動揺し過ぎなんだよ、まったく。こっちの方が心乱されてるっての。
「……」
リスじゃないんだから食べ物を口の中に詰め込み過ぎだ。まあ空腹が満たされたら気持ちも落ち着くだろう。いっぱい食べろよ。
小動物と化したマリーは放っておいて、食堂に残ってたルトガーさんに、まだ俺に話していない事への説明を求める。
「はい、何をお話ししましょうか」
ルトガーさんは変わらず冷静だな。しかし空っぽのコップをずっと両手で握りしめている姿には哀愁を感じる。料理長に頼んでもう一杯だけ注いでもらおう。ついでに俺にも暖かい紅茶をお願いします。
それを一口飲んだら、取り敢えずマリーが夫人達をボコボコに痛め付けた経緯から話してください。
「ボコボコにはしてません。その時の記憶が曖昧なんですけど、ちょっと風魔法で吹き飛ばしたくらいで」
頬張っていた食べ物を飲み込んだマリーが訂正を求めて来る。自分でやってて曖昧ってなんだよと思うが、まあまあ、ややこしくなるからマリーはちょっと黙っててね。料理長、マリーに食事のおかわりを。料理を与えて口を封じよう。
「ええっと、どこまで話しましたかね」
なみなみとお酒が注がれたコップを、ルトガーさんは首がすわってない赤ちゃんを抱くようにゆっくりと持ち上げている。
マリーが西方伯夫人のヴァンダ様に気に入られて、その西方伯家が神に匹敵する強力な魔導師を輩出したいと考えているところまでですよ。
「ああ、そうでしたそうでした。要するに、夫人は自分の息子の嫁になれと、マリーに迫った訳です」
よめ?
「ええ、お嫁さんです。優秀な魔導師を嫁に来てもらう、それが西方伯家が考える神に匹敵する魔導師輩出への第一歩なんです」
ルトガーさんから優れた魔導師と言われて、マリーが少し照れている。照れてる場合かと思うが、別の感情が表に出て来るくらいには落ち着けているという事だろうか。
まあマリーが同年代と比較して優れていると言う点には俺も異論は無い。少し上の世代には化け物が鎮座しているが、同い年のローズさんや年下のロミルダ、ロジーちゃんやアプリちゃんなんかと比較してもマリーの方が優秀なのは間違いないね。男性ならプフラオメ王子、女性ならマリーが俺達世代のツートップだな。
「マリーもヴァンダ様の機嫌を損ねないように注意しながらも嫁の話は拒否しつつ、ヴァンダ様に請われて魔法の腕を披露するなど対応していました。そこまで気を使わずに謝罪だけしてさっさと帰るべきだったと、私も男爵様も後悔しています」
そういえばそんな事を言ってたね。マリーが誠実に答えすぎたとかなんとか。
「ヴァンダ様の対応に時間を取られた結果、ヴァンダ様がマリーの結婚相手にと考えている御子息が学校から帰って来てしまい、その御子息が、いやその取り巻き達が私達の気分を害し始めました」
マリーだけじゃなく私達と発言したところにルトガーさんの気持ちが込められているように感じる。
でも、学校から帰って来たという事は年上なのか。なんとなく同い年くらいの子を当てがおうとしてるのかと思っちゃった。
「ゲオルグ様も名前は聞いているはずですよ。名前はラウレンツ、ヴァンダ様の末っ子で、同い年に天賦の才を持った子がいる為存在感は薄いですが、なかなか優秀な魔道士のようですよ」
王都警備隊のダミアンさんが言ってたな。ラウレンツさんは姉さんと同い年だって。確かダミアンさんの娘さんも。名前は、ちょっと思い出せない。
しかし姉さんと同い年なんだったら、姉さんに求婚したら?
姉さんの方が魔法の才能は圧倒的に上でしょ。
なんだよマリー。また頬袋に食べ物を止め込んでるのか?行儀悪いよ。
「アリー様には第一王子がくっ付いていますからね。アリー様にその気は無くても、誰も2人の中に割って入ろうとはしませんよ。同年代なら私はエマさんをお勧めしますね。6歳児の魔力検査では第二王子を差し置いて第2位ですし、学校の成績も優秀、実家のお店の手伝いも熟す素晴らしい女性です」
ルトガーさんにベタ褒めされるエマさん、流石です。だがどこの馬の骨ともわからない貴族にエマさんはやれないな。
「どうやらラウレンツ君は一目見てマリーを気に入ったようで、ヴァンダ様との会話に混じってマリーに根掘り葉掘り聞いて来ました。そこまではまだ良かったのですが、同年代と思われる取り巻きの1人が口走ったんです。『能無しの世話なんか辞めて、こっちにおいでよ』と」
またそれか。どこに行っても俺は人気者だね。で、それでマリーがキレたと。
「私は1度我慢したんですよ。我慢して、聞き流して、無視したんですが、ゲオルグ様を誹謗する流れは収まらずに周りに広がって行きました。こちらが黙っているからと言って色んな方が何度も何度も。夫人も御子息も、それを止めようとはしませんでした」
その時の事を思い出したのか、目の前の少女は悔しそうに歯を食いしばって両手を握りしめている。
「耐えて耐えて、一瞬目の前が真っ暗になった後、いつの間にか私は男爵様に抱き抱えられていました」
「ヴァンダ様とラウレンツ君が止めるどころかその誹謗する流れに乗ってしまったんですよ。2人が、言葉にするのも憚られるような単語を口走った瞬間、マリーが急に立ち上がり、風魔法を周囲に撒き散らし始めました。マリーは記憶に無いようですが、風圧で吹き飛ばす魔法を選んでいた辺り、少しは手加減する理性が働いていたんでしょうね。リリー様だったら風の刃で切り刻んでいたでしょうから」
そのキレたマリーを父さんが押さえ込んだって事か。火魔法や金属魔法だったらどうなってたんだろうな。それで、ルトガーさんはその時何を?
「高そうな調度品が飾られていた部屋でしたからね。そういった品が壊れないよう魔法で保護してました」
「ありがとうございます。御迷惑をお掛けしました」
マリーがルトガーさんに頭下げた丁度その時、父さんの首根っこを掴んだ母さんが食堂に戻って来た。




